<景色とハリボテ。>

外から見ていたものの、本人になってみると
「こういう感じだろう」という想像が
いかにハズレているのかと驚くことばかりです。

例えば、年齢があります。
みなさんそうだと思うのですけれど
子どもの頃の30代は、ぼくのなかでおじさんでした。
少なくとも、お兄さんではなかったはずです。

十二分に「オトナ」であって
世の中のことがよくわかっていて
もう人生の後半に入っているような印象でした。

ところが、全然、そうじゃない。
ぼくはまだ30代ではないですけれど
ずいぶんと近しい年齢になってきて
いかにじぶんの想像が幻想だったかと思い知っています。

父親は30歳でぼくの父親になり
母親は28歳でぼくの母親になりました。
ちょうど、今のぼくの友人たちの年齢です。
一緒に飲んで遊んでいる仲間と同じ年齢です。

子どもの頃は勝手に、親は「オトナ」だと思っていました。
けれど、そんなことはなかったのです。
今のぼくと同じようなものだったのです。
であるならば、ぼくは両親の色んなことを
許す必要があると思うのでした。

あるいは、映画でも、小説でも
恋愛というテーマは永遠に人気であり、求められています。
それがぼくには不思議でした。

子どもの頃、外から見ている「オトナ」は
そういうことはすべて終わって
恋愛とは無縁だと思っていたのです。
恋愛は、結婚するまでや、10代、20代のものだと
思い込んでおりました。

けれど、そうじゃないことは
40代でも、50代でも、恋をすることは
愛に飢えたり嫉妬の炎を燃やすことは
「ある」のだと、ぼく自身が近づくことで
はじめて了解できました。

きっと、ぼくが外から見ているだけの
あらゆることについて、ぼくは思い違いをしています。
それだけは、事実です。

結婚すること。
親になること。
宝くじに当たること。
英語がペラペラに喋れること。

どれもぼくは外から見ているだけですが
きっと、想像と、ずいぶん違うんだろうと思います。

あ、少しだけ、ほんの少しだけですが
「有名になる」の本人になってみてわかったのは
たいして、つまらないことだということです。

イデトモタカ(2014年5月29日)