<アイとコイ。>

愛について、思うこと。

愛は「延長自己」なのだ。
「情が移る」ということばがあるけれど
つまり、まさに、それなのだ。

一緒にいるうちに、あるいはなにかをきっかけに
過す時間が長くなり、想う時間が長くなり
気がつくとじぶんの「こころ」が
そのものや相手にまで伸びている。
じぶんの一部になっている。

だから、そのものや相手が困ることは
じぶんの困り事でもある。
そのものや相手が不幸になることは
じぶんも避けたいことになる。
そうやって同一化されていき
行き着く果ては「滅私」ではないかと思うのだ。

じぶんという境界線がなくなって
本来のカラダよりも大きな幸福の達成を求める。
たとえじぶんがそれにより滅んでも。
それが愛の果てではないかしらん。

恋について、思うこと。

恋は「喪失自己」なのだ。
「こころを奪われる」ということばがあるけれど
つまり、まさに、それなのだ。

劇的な事件のせいで、あるいはふとしたことから
じぶんの「こころ」がそのものや相手に
挨拶もなく持ち去られている。
ぽっかりと、盗まれている。
じぶんのこころに隙間ができる。

だから、こころにできた隙間を埋めようと
そのものや相手のことばかり考える。
考えや、想いや、妄想がどんどん吸い寄せられていく。
けれど穴はブラックホールで、まったく埋まらない。
その隙間を埋められるのは、そのものや相手だけなのだ。
つまり、こころは「成就」を懇願している。

失ったこころを取り戻すには
それを奪ったものや相手から取り返すしかない。
本当は別途があっても、盲目的にそう思われる。
それが恋の病ではないかしらん。

愛は延長線を太くする旅。
恋は失ったこころを取り戻す旅。

恋の旅は成就か諦めをもって終了するけれど
愛の旅は終わらない。

イデトモタカ(2014年6月9日)