<羨望の目の色は。>

霧が晴れたような生活。
望んでいるのは、それだと思うのです。
ぼくも、あなたも、みんな。
情熱大陸やトップランナーや雑誌の特集記事を見て、
憧れたり、羨ましい気持ちになるのは、
お金持ちそうだからだとか、
有名人だからだとか、
好きなことで食べているからだとか、
面白そうなプロジェクトをしているからだとか、
そういうこともあるのでしょうが、
実はそれらは二の次なのです。
本当は「霧が晴れたような生活」をしていることが、
なによりも羨ましいのだと思うのです。

あの人はシンプルでいいな。
向かっている場所が明確で、
生活が明確で、
努力の方向が明確で、
やることがクリアで、シンプルで、
かつ報われるのだから、いいな。
つまり、そういうことだと思うのです。

容姿が整っている。
いい生活をしている。
すてきな異性と付き合っている。
面白そうなともだちがいる。
才能がある。
技術がある、能力がある、実績がある。
そんなことよりも、なにより人が羨ましいのは、
迷いのない「霧が晴れたような生活」をしていること。
それではないかと思われるのです。

もちろんそう見られている本人たちは、
それぞれにとてもクリアでもシンプルでもなく、
迷いながら悩みながら不毛な時間を過しながら
生きているのかもしれませんけれど、
ギャラリーからその景色は角度的に見えません。

じぶんの人生の霧を晴らす。
結局のところ、時を経ても売れつづけている本というのは、
そのテーマを扱っているのではないかと思います。
そして、今売れている本も。

霧を晴らすために、霧が晴れたような生活をするために、
できることはなにかしらん。
その問に答えつづけることが、どんな本を読むよりも、
人生を前身させていくように思います。
人を成長させていくように。

イデトモタカ(2014年8月29日)