<ことばをそろえる。>

共同体、コミュニティというものは
つまり「ことば」を共有するものだ。
互いの「ことば」を創り上げていくことだ。

ずっと長く仲良くやっていくには
ぼくの「好き」とあなたの「好き」が
意味する行動をそろえているほうがいい。

うまく結果を出していくためには
ぼくの「仕事」とあなたの「仕事」が
意味するものをそろえているほうがいい。

そうでなければちぐはぐで
互いに一所懸命だったとしても
答え合わせがきちんとできない。

ぼくの価値観はさておいて
あなたの解釈はされおいて
ここでは「親切」とはこういう意味だと
こういう行動を意味することだという決まりを
共有しておくことが大切なのだ。
了解しておくことが肝心なのだ。

そうでなければちぐはぐで
互いに言い分はあったとしても
求める結果にたどり着けない。

「ことば」には余地がある。
どう捉えるのかはそれぞれの自由。
だからこそ誤解が生まれてしまう。
誤解を生ませてしまう。

愛する人ができたなら
ふたりの間に愛と共に
「ことば」も育てていく必要がある。
食事とは、思いやりとは、人生とは。

会社を立ち上げたのなら
仲間との間に信頼と共に
「ことば」も育てていく必要がある。
丁寧とは、親切とは、仕事とは。

個々人の意見も重要で
それらをすべて捨て去る必要はないけれど
「この場」ではこうなのだという解釈の統一
ことばの意味決まりをそろえることは
ちぐはぐという不幸を回避するために
ひどく大切な儀式なのではないかしらん。

「ことば」で互いを縛るためではなく
「ことば」で互いを豊かにするために。

イデトモタカ(2014年9月6日)