<駄目。>

みんな、裸眼で生まれてくる。
その目に映るものは、輝きに満ちている。
すべてが新鮮で、すべてが不思議で、おもしろい。
世界を眺める素直な目は、きらきらと光っている。

やがて、じぶんはなにも知らないことを知る。
それは事実なのだから。
けれどそのときに、幸か不幸か、知識という存在に触れる。
情報という魔力に魅了されていく。

世界の「そのまま」を歪みなく映していた目は
いつしか事実や現象ではなく
知識や情報といった、誰かの解釈を見るようになってくる。
じぶんの知らない「なにか」を知っていそうな人を求めだす。

そしてぼくらは眼鏡をかける。
かけて、かけて、かけまくる。

新しい眼鏡を、常に探しつづけるようになる。
この眼鏡をかければ、こんなものが見えるようになるという
広告や宣伝に躍らされるようになる。
眼鏡をかけて見た世界は、実は歪んでいることに気づかない。

色々な眼鏡をかけている人を
いつしか「すごい人」と思うようになっている。
色々な眼鏡を持っている人を
いつしか「優秀な人」と思うようになっている。

けれど、本当は違うのだ。
世の中で素晴らしいと讃えられる人たちは
たいてい知らぬ間にかけていた
眼鏡を外そうと努力している人たちなのだ。

子どもが「天才」なのではない。
ぼくらが「駄目」になったのだ。

子どもの見ている世界がうつくしいのではない。
ぼくらが不要な眼鏡を勝手にかけて、歪んでいるだけなのだ。

すべての眼鏡は外せないかもしれない。
でも、いらない眼鏡は置いていこう。

イデトモタカ(2014年11月1日)