<やわらかい注意。>

人は傲慢になる。
謙虚だと思っていた人でも
いつの間にか傲慢になっている。
相手の謙虚さに思えていたものは
ただの自信のなさだったりもする。
だからうまい結果が出た後には
胸を張って生きることと
傲慢さを履き違えたりもする。

自信や経験が人を見上げさせる。
胸を張らせ上を上をと見上げさせる。
そういう時期があってもいいのかもしれない。
積極的に結果を獲りにいくためには
少々の勘違いは必要なのかもしれない。
けれど上ばかり見ていると
遅かれ早かれ足下のくだらない小石に躓いて
思わぬケガをする日が待っている。
傲慢さには注意を怠るという毒がある。

かといって下ばかり見ている人もある。
足下ばかり見て歩く人がある。
彼は謙虚なのではない。
ただ自信がないだけなのだ。
あるいは卑屈になっているだけなのだ。

謙虚さとは下を向いて歩くことではない。
かといって上ばかり見て歩くことでもない。
冷静に客観的に
相手とじぶんと周囲の世界を見渡しながら
常にやわらかい注意を払い生き続ける態度
なのではないかと思うのだ。

知識はさまざま存在するが
智恵とは謙虚さではなかろうか。

謙虚な人にとって世界は少し騒がしいかもしれない。
けれど世界はきっと謙虚な人を愛している。

イデトモタカ(2014年11月7日)