<本音の付き合い。>

ぼくは「シンプル」が好きです。
その方が、深く関われると思っているからです。
その方が「豊か」だと信じているのだと思います。
もしかすると、こういった価値観は、雑誌やテレビなどの
メディアによって育まれたのかもしれません。
けれど、どちらかといえば、メディアの発信する価値観は
「たくさん=豊か」の場合が多いので、
それにうんざりして、反対になったのかもしれません。

人には「ホンネ」と「タテマエ」があります。
本音の付き合いは、そう多くはありません。
だからこそ、それができる人は、大事な人で、
そういう人と、一緒にいられる時間は大事な時間です。
こころがやわらかくなる、いい時間です。
人付き合いにおける「シンプル」は、
本音で付き合える数少ない友人たちとの時間を、
そうでない人との時間よりも優先することだと思います。
いたって単純かつ明快なルールです。

この「ホンネ」と「タテマエ」は、
モノとの付き合いにおいてもあると考えています。
ぼくはモノと会話のできる不思議な人ではないですが、
建前で所有しているモノと、本音で所有しているモノは、
だれしもあるのではないかと思います。
ここの「ホンネ」と「タテマエ」を、じぶんのなかで、
どう感じどう考えどう選択するのかは、
毎日の生活の充実度において、とても大切に感じられます。

例えば本についても、本音と建前がきっとあります。
じぶんの価値観にぴったり合った、素直に感銘を受けた、
はたまた、ただただ感性的に好きだという本は、
(じぶんの感覚に対して)本音の本です。
一方で、なんとなく本棚に飾っているとかっこいい本や、
こういう本をじぶんは選ぶのだと、じぶんに対して
説得しているというのか、プレゼンテーションしている本は、
(じぶんの感覚に対して)建前の本です。
服やアクセサリー、家具なんかでも同じです。
本音のモノと建前のモノがあります。

人と変わらず、モノと深く関わるにも、
やっぱり「ホンネ」であるかどうかが重要だと思うのです。
シンプルな生活。
それは、人にも、モノにも、本音であること。
つまり、人も、モノも、本当に大切で感覚の合う相手。
数は少なくても、そのなかに身を置いて、
こころやわらかく過せるということが、
ぼくはシンプルな生きかたと呼べるような気がします。

もっと、もっと、シンプルになりたいです。
その第一歩として、まずはモノに本音で接する。
それは、じぶんに本音で接することではないかと思うのです。

イデトモタカ(2014年11月26日)