<買えるのは売っているから。>

ほしいものがあったとき、
それを「買える」のは、
お金を持っているからじゃない。
あなたのほしいそれを
どこかで「作った」人がいるからだ。
そしてその人が売ってくれるからだ。
だから買えるのだ。

たくさんの人がお金を出してでも
「ほしい!」と思うものを考えて、
作って売った人はよろこばれる。
みんながその人に「それ」を売ってくれと頼む。
結果として作った人はお金持ちになる。
そしてじぶんのほしいものを買える。

幸か不幸かほしいものが高いものばかりの人は、
仮にそれが「買える」のならがんばればいい。
たくさんお金を稼げるようにすればいい。
どうやって?
その答えはさっきのとおりだ。
他の人がお金を出してでもほしいものを
あなたがうんと与えられる側になればいい。

それは何かモノを作るということだけじゃない。
知りたいことを教えてくれるでもいいし、
ほしい感情をくれるでもいいし、
稀有な能力を発揮してくれるでもいい。

けれど誰かの「ほしい!」に応えるためには
その誰かよりも何かが秀でていなければならない。
それは大抵「考える」ということだ。
みんないろいろなことを考えている。
逆からいうとみんな「すべてのこと」を考えられない。
それだけの時間は許されないのだ。

役割としてなにを考えるのか。
その辺りがクリアになっている人は
じぶんの「ほしいもの」に近い人だ。
つまり誰かの「ほしいもの」に近い人でもある。

「考える」ことは何よりもキツイ労働だ。
だからする人はほとんどいない。
おそらく一番人気のない職業だ。

イデトモタカ(2015年3月3日)