<光源。>

ユーモアについて、吉本隆明さんは
「ぼくには関係ないですね」と言い切った。
それはそれで潔く、一つの生きかただと思う。

けれど、できることならユーモアの「ある」生きかたを
選べたならハッピーだなあとも思う。

ユーモアと関係のないところで生きている人を、
決して「暗い」とは言わないけれど、
ユーモアと共に生きている人は、
たいてい「明るい」ものに見える。

明るさは人を惹きつける。
虫と一緒にするのもどうかしらとは思うけれども、
明るいところに、無意識に寄っていく人の数は、
少なくないと言い切れる。

明るさは希望なのだ。
いい未来が待っていそうな希望なのだ。

暗いできごと、暗いと捉えられるできごとは、
放っておいてもたくさんやってくる。
明るいできごとは、ただ待っていても、
そう多くはなかったりする。

それを人工的に生み出す力の一つがユーモアだ。
ぼくはいまいちユーモアがないけれど、
「ある」人を明るいなあと思う。
羨ましさの混じったほめことばとしてだ。

人生はじぶんのペースにもっていくことで、
叶えられることがずいぶんふえる。
むしろ、じぶんのペースにもっていけなければ、
なかなか大きなことは達成できない。

明るさを持っている人は、つまり光源は、
場の中心になる力を秘めている。
みんな自然と光源に従う行動をとる。
ペースをつかむのは明るさという光なのだ。

あなたのちょっとしたユーモアが、
叶える大きな夢の数は計り知れない。

イデトモタカ(2015年3月8日)