<晩夏のトライ。>

髪の毛がぼさぼさで、
きょうは誰にも会いたくないなあ
というときに限って、人に会う。
服、変だったかなあと
後悔しているときに限って、
ちょっと気になってる相手に会う。

人生に完璧なタイミングなんて、
そうそうあるものじゃない。
いつだって遅いか早いかなのだ。

まだ早い、きょうは嫌だと
思っていたら人生はそのまま終わってしまう。

髪がぼさぼさでも、服が変でも、
きょうがそのときだと思ったのなら
会いに行かないといけない。
ぼくだったら嫌だけど。

なにかに挑戦しようというときも、
なにかをつくろうというときも、
やればやるほどじぶんの不足を知っていく。
それは仕方がない、そういう構造なのだから。

不足を知るということは、
進んだということと同義なのである。
だから喜ぶべきことなのだ。
けれど人は足りないをつい恐れてしまう。
まだ早いと引いてしまう。
失敗するのは嫌だから。

髪はいつだって完璧な長さではないし、
服はいつだってちょっと変なのだ。
なにかをするにはいつも早過ぎるし、
知識や技術はいつまでも足りない。

あなただけじゃない。
みんなそうなのだ。

偉人が恥を捨てろという意味を、
もう一度きちんと考えてみたい。

あなただけじゃない。
みんなそうなのだ。

にもかかわらず前に進もうと決意した人が、
失敗をいとわず挑戦した人が、
ええい構わんと行動した人が、
いい思いをしたり、わるい思いをしたりする。

いい思いだけしようだなんて、都合がいいぞ。

イデトモタカ(2015年8月31日)