<愛はバレる。>

愛はバレる。
そこに愛があるのか、ないのか。
そんなことは、わかるものなのだ。

あるウェブサイトを見て、
このサイトは愛を持ってつくられたのか、
はたまた儲かりそうだから、流行りそうだから、
話題になりそうだからと、
愛なくつくられたのかは、見ればわかるものなのだ。
ぼくらはそこまで馬鹿じゃない。

誰かが愛は行動だといった。
じぶんのしていること、相手のしていることに、
愛があるのかないのかは、どうしたって見えてくる。
ギターを愛している、音楽を愛している、
絵を愛していると口ではいっても、
実際の行動を見れば、その愛がどんなものだかは
勘づいてしまうほどのものなのだ。

愛はバレる。
なぜなら、みんな愛に敏感だから。
愛したいと思っているし、愛されたいと思っている。
だから愛については驚くほどアンテナがきく。
あんまり人をなめない方がいい。
知識はないかもしれない、知恵もないかもしれない、
経験も、実力も、実績もないかもしれないけれど、
みんなそこに愛があるかどうかは、
驚くほどわかるものなのだ。

それは大人が忘れていることかもしれない。
こういうのが好きなんでしょう。
こうすれば気に入るんでしょう。
そうやってうまくできると思っているかもしれないが、
あなたがたが未熟だと思っているぼくらや子どもは、
あなたがたが思っている何倍も何十倍も、
愛については鼻がきくのだ。

愛はバレる。
それは肝に銘じておいたほうがいい。
愛がないのなら、やらないほうがいい。
どうせつまらない結果しか待ってないのだから。

愛があるのなら、見つけてくれる人が必ずいる。
だってあなたがここに来てくれるのは、
ぼくの愛のはずだから。

イデトモタカ(2015年9月29日)