<前提として。>

夢が叶ったときのことを考える。
どんな未来になるのか。
どんな生活になるのか。
つきつめていくと実は、
いまとそれほど変わらないことに気づく。

ごみ箱はいつの間にかいっぱいになるし、
鼻水だって出るし、靴は磨くし、
こうしてカシミアだって書くのだ。
お腹は減るし電話代の請求はくるし
夜になったら眠たくなるのだ。

はじめのうちは非日常でも、
いずれはそれも日常になる。

つまらないこというなよ!
夢を壊すなよ!
そんなこと夢を叶えてからいえよ!

という反論もあると思う。
ぼくもそう思わないでもない。
けれどぼくやあなたにしてみても、
もしかすると誰かにとっては
夢を叶えた姿である可能性もある。

ぼくは美容師さんや保育士さんや
学校の先生なんかはいつもすごいと尊敬している。
だって彼(彼女)たちのほとんどは、
みんな夢を叶えた人たちだ。
美容師になりたい、保育士になりたい、
先生になりたいと思って、がんばって、
そしてなったのだ。
夢を叶えた人生を生きているのだ。
夢を叶えた毎日を過しているのだ。

でも彼(彼女)たちにとって、
毎日はもちろん日常で、満足はしていても、
天にも昇る心地ではないと思う。
少なくともぼくは学生時代に
そんな先生に会ったことはない。
ちなみに、そんな美容師さんにも。

夢を過大評価しないほうがいい。
むしろ叶えるのを前提として、
そのためにはなにを積まなければいけないか、
どんな階段をどれだけ昇らなければいけないか、
と淡々と考える冷静さも必要だと思う。
だって、叶うんだから。
だったらその先の、その後の未来について、
きちんとわかっておいたほうがいい。

夢、叶うのが前提だとしたら、
なにか生活が変わりますかね。
夢の正体は(本当に叶える気があるのなら)
きちんと向き合ってわかっていたほうが
なにかといいと思うのです。

イデトモタカ(2016年2月15日)