<純粋。>

純粋な感情というのは、ほんとうに少ない。
雑味が混ざっているわけではなくて、
ぼくらが読み間違えているのだと思う。

「お金がほしい」という人がある。
では銀行口座に100億円あって、
あるいは自宅に100億円あって、
銀行残高を見ることはできるけど、
実物の100億円を所有してはいるけれど、
1万円だって使うことができないといったら、
そんなのは違うと言うはずだ。

では「自由に好きなだけお金がつかいたい」
だったのかというと、やっぱり疑問。
たとえば誰か謎の親切な人がいて、
なにか欲しいものがあるたびに、
その人に言えばその分だけのお金が貰えたとする。
相手の動機や理由はまったくわからない。
でもなんだって買えるし制限もない。
無限のお小遣い制度。

最高じゃん、それでいい、という人もいれば、
いや、それは違う、なんか違う、嫌だ、
という人もいるだろう。
ということは、それは違うという人にとっては、
「自由に好きなだけお金がつかいたい」も、
本当の気もちではないことになる。

だったら「贅沢できるだけのお金を稼ぎたい」
が本当なのかというと、プライベートの時間、
稼いだお金をつかう時間はなくていいのとなる。
そして、それはやっぱり違うのだ。

もうどんどん複雑になっていく。
でもつきつめてみたほうがいい。
じぶんの純粋な気もちはなんなのか。
もしかしたら今していることも、
アクセルとブレーキを同時に踏むようなことに
なっているかもしれない。
そういうことは、実に少なくないのだ。

イデトモタカ(2016年2月24日)