<名鍛冶屋。>

引き寄せの法則だとか、鏡の法則だとか、
耳にされたことはありますか。
本家の方からは叱られるかもしれませんが、
要するにあなたの内面の反映がこの世界であって、
あなたの世界で起こるいろいろに、
あなたはあなたの引力によって出会うのだ、
というようなことです。
だから、あなたが変われば世界は変わるのだと。

ぼくは世界に対して、
もう少し違う解釈をしておりますが、
概ねそうなのだろうなと思っております。
ぼくの理解では、出会うのではなくて、
それが「見える」ということですが、
結論としては似たようなものです。

ただ一点、ずっと不思議だったというか、
疑問だったというか、腑に落ちないことがありました。
それは、たまにいるひどい人や、人を傷つける人、
その人に傷つけられる人がいる、ということでした。

そういう人との巡り合わせは、
不運といってしまえばそれまでですが、
先の法則によれば、
じぶん(ぼくら)の責任だったり、
じぶん(ぼくら)が原因だったりする、
ということなのかしらんと。
それは、あんまり、納得できないよと。

けれどある本で、そういうことは、ただただ
起こりうることなんだ、とありました。
誰のせいでもなんでもない、
一定の確率で、起こりうることでしかないと。
例えば割れたガラスのコップが落ちていたとき、
拾うと指を切って怪我をすることもあるし、
うまく拾えることもある。
それだけのことなんだ、と。

ぼくはひどく感心いたしまして、
人生のいろいろにいっそう合点がいきました。
こういうものを「使える思想」と
いうのだろうと思われました。
ぼくは今後の人生でこの考えかたを
何度となく使っていくことでしょう。
目に見える道具ではありませんけれど、
ぼくもこうした「使える思想」を、
つくれる鍛冶屋になりたいなと願います。

イデトモタカ(2016年5月4日)