<У氏へ。>

前略

ロウソクの主目的は「明かり」だが、
同時に「熱」も発生させる。
それどころか、副産物である「熱」の方が
「明かり」よりもいっそう大きな大きな
エネルギーの使いみちになる。

生みだされたエネルギーは消滅しない。
必ずなにかに置き換わる。
それがエネルギー保存の法則だ。
ロウソクは「明かり」を灯すという主目的を
達成するために100のエネルギーを出す。
けれど「明かり」には5しかつかわれない。
残り95が副産物として「熱」になる。

このバランスの悪さは不思議ではない。
自然界ではほとんどのものがそうなのだ。
一つの主目的を果たすために、
膨大な副産物が生みだされる。
けれどそれは悪いことでは決してない。
ロウソクの「熱(副産物)」はときに紙を燃やし、
花火に火をつけ、かじかんだ手を温める。

愛はどうか。
冷めた科学者、実証主義者にとって
「愛は種の保存のためにある」のだろう。
けれど子孫を残すために必要な「愛」は、
それほど多くはないはずだ。
必要を大きく上回る量の愛が、エネルギーが、
生みだされているのはなぜなのか。
そしてそのエネルギーはどこにいったのか。

生みだされた「愛」の一部は
「種の保存」のためにつかわれる。
けれど残りの膨大なエネルギーは
別のもののために費やされる。
そうしてできたのが「この世界」なのだ。
この世界の発明であり、生産であり、
デザインであり、平和であり、安全であり、
芸術であり、いや、すべてなのだ。

・・・という、あなたからのお手紙。
とても昂奮しながら拝読いたしました。
人によっては大げさだと言うでしょう。
わけがわからないという人もあるでしょう。
けれど、ずいぶん、ぴったりきました。
ひどく納得されました。
まだ人に伝えられるほどわかってはいませんが、
この世の核をつかんだような手応えを感じます。

草々

イデトモタカ(2016年6月22日)