<尽くすしか。>

信じて尽くすことしかできない。
そういう場面は人生には多いです。
むしろ、そうすることしかできません。
だれかと共に生きるというのでも、
相手はじぶんではないですし、
じぶんは相手ではありません。
ただ、一緒に生きようと決めたなら、
あとは互いに信じて尽くすしか
道らしい道はありません。

仕事でもそうです。
この人についていこうと思ったら、
もうあとは、信じて尽くすしかないのです。
裏切られるかもしれないし、
期待外れな結果になるかもしれません。
けれどそういうものは不定ですから、
どれだけ考えてもわからないことですから、
じぶんにできることといえば、
信じて尽くすくらいです。

尽くす相手は人でない場合もあります。
音楽や、詩や、武道や、染め物。
なにであれ、信じて尽くすことだけが、
可能なじぶんにできることです。
見返りがあるかはわかりません。
尽くせど尽くせど、見向きもされない、
ということだってあるでしょう。

それでも信じられるのか。
信じつづけられるのか。
それはもう、技術より、知識より、才能より、
こころの問題のように思われます。
実際、それをするのか、しないのか、
尽くすのか、尽くさないのかは、
唯一、こころが、決めることです。

尽くすこころを育てましょう、
と提案しようとは思いませんが、
尽くす人生は、不憫ではなく、
うつくしい瞬間がたくさんあります。

イデトモタカ(2016年7月27日)