<一方的な再会。>

人の顔も、名前も、道順も、出来事も、
まるで憶えていられないのですけれど、
なぜか誕生日の数字はよく残っています。
きょうも、ああ、あの人の誕生日だな、
と思いながらカレンダーを見ました。
けれどその人とはもう10年以上
会っていなければ、連絡もとっておらず、
まして連絡先も知りません。
なにより、会いたいとも願いません。

それなのに、ぼくは誕生日を憶えています。
わかりませんが、きっと、相手は
ぼくの誕生日も、もしかしたらぼくのことも、
あんまり憶えていないかもしれません。
いや、憶えていないことはないでしょうけれど、
思い出す機会はないだろうという気がします。

ただぼくのほうは、望む、望まないにかかわらず、
誕生日を憶えているせいで、毎年1回であれ
思い出すことになります。
おもしろいことに、最後の印象に思い出が統合されます。
出会ったころは、とてもいい人だったのですが、
最後の方には、あんまりいい人ではないな、
と思うようになってしまったので、
いい人の期間の方が長かったにもかかわらず、
あんまりいい思い出は浮かんできません。

ぼくは憶えているけれど、相手はもう、
ちっとも考えてもいないだろうなと想像すると、
勝手な話ですけれど、悔しくもあります。
あるいは、別の場合も、あるのかしらん。
相手だけ、ときどき、ぼくのことを思い出していて、
ぼくはまるで、忘れてしまっていることが。

もし、そういうことがあるのなら、
どんなに嫌な相手だろうが、腹の立つことをされようが、
意識的な復讐や報復をするよりも、いい気がします。
ぼくのなかの奇妙な(サディスティックな)部分が、
そういう生きかたを推奨しているようにもみえます。

イデトモタカ(2016年10月3日)