<雨と穴。>

雨が嫌だという人は、
雨になにかされたのだろうか。

されたのかもしれない。
台なしにされたり、裏切られたり、
そういう過去があるのかもしれない。
でも、もしかするとそれは、
雨のせいではないかもしれない。

いいや、たしかに雨のせいなのだ。
雨でなかったら、雨が降らなければ、
なにも起こらなかった。
問題なく進むはずだった。
でも雨が降った。
だとすればやはり、雨のせいなのだろうか。

いつ頃からか、雨がそれほど嫌ではなくなった。
出かけるのに傘をさすのは面倒だけれど、
濡れた沓の手入れは手間だけれど、
ただそれだけのことだと思うようになった。
雨が変わったわけではない。
変わったのはぼくなのだ。

もしあなたはまだ雨が嫌いなら、
変わってしまえばいい。
雨のほうはきっと、変わりはしないから。
雨は何千年も前から、雨のままなのだ。
あとから来たのはぼくらのほうだ。

嫌な人は世の中にいる。
彼らに変われと願うのは、雨よ降るなと望むくらい、
どうこうなる問題じゃない。
あなたが変わればいい。
性格や人格の話じゃない。
別の道を歩けばいいし、家にいればいい。
彼らのいない場所で暮らせばいいし、
入ってこれないようにすればいい。

どうしてこちらがと思う気もちもあるだろうけど、
賢明な人はぶつぶつ言いながら穴のある道を歩かずに、
別の歩きやすい道を選ぶものです。

イデトモタカ(2016年10月9日)