<娑婆で生きる。>

「娑婆」は「シャバ」と読みます。
昔の映画やドラマなどで、服役中の男が
「シャバの空気が吸いたい」や、
やっと釈放された人が「シャバの空気はうまい」
なんていうときのシャバ(娑婆)です。
このイメージから、
「娑婆」ということばは俗世間や、
自由な世界を表すことばのように思われがちです。
けれど、本当はそうじゃないそうです。

ぼくも、あなたも、みんな娑婆の世界で生きています。
たしかに仏教では
「人の住む世界(社会)」を娑婆と呼びます。
ですが、この「娑婆」ということば、
もともとはサンスクリット語で
「忍耐」という意味だといいます。
ぼくはそれを知ったとき、はっとしました。

ぼくらは、ものごとが
じぶんの思いどおりにならなかったとき、
「不幸」を感じます。
けれど、そもそも、大勢の人が暮らしていく以上、
すべてがじぶんの思いどおりになる
なんてことは、ありえません。
むしろ思いどおりにならないからこそ、
人は多くのことを学んで、努力して、
そして感謝のこころがもてるようになるのだと思います。

社会で起きている多くの事件は、
じぶん勝手なものばかりです。
しかし、ぼくらは「娑婆」で生きているのです。
そしてそれは、制限のない「自由な世界」ではなくて、
「忍耐を学ぶゆえの豊かな世界」なのです、きっとね。
それをみんなが再認識したときに、思いやりのある、
豊かな世界の扉が開かれるんじゃないか、
なんてね、思います。

ぼくらは生きている、つまり、生かされている。
「この世に客に来たと思え」という箴言がありますが、
それをこころの芯におくと、そうそうなことじゃ、
身勝手な気もちにはならないかもしれないですね。
出されたご飯はなんだって、ありがてぇ、なのです。

イデトモタカ(2009年4月12日)