<エゴの拡大鏡。>

きょうは「お金」について語ります。
何気ない瞬間に、ふと思い出したことなのですが、
的を射ていて、ちょっとこわいなぁと思ったことです。

だれだったか忘れちゃいましたけど、
お金は「エゴの拡大鏡」だとおっしゃってました。
それも、持てば持つほど、
どんどん大きく映しだす、
触媒のようなものなのだと。

ぼくらのふだんの生活のなかで、
お金が足りないから実現していないことって、
きっとたくさんあるのです。
同時に、お金がないゆえに、
抑えこんでいる「本来の考え」みたいなものも、
やっぱりうんとあるわけです。

じっさい、ほとんどの人が、
「お金が充分にない」という抑止力のために、
いろんな思いや考えや行動が発露していないわけなのです。
だから、おなじような収入の人は、
おなじように見えちゃったりするわけでして。

でも、当たり前の話、
みんなそれぞれ一人ずつ、
ぜんぜん違う人間で、程遠い「エゴ」を持っています。
「お金が充分にない」からわからないだけで。

それが、「お金を充分に持つ」と、
それまで抑止されていた本来的な考えや行動が、
実現されていくわけですから、
もう違う人間のようにみえても、
それは仕方のないことなのです。

ここが、こわいなぁ、と思ってしまうところです。
じぶんにしても、他人にしても。
「お金を持って、あの人は変わった」という話、
テレビなんかではよく見聞きすることですが、
でも、その人は元々そういう人だったんですよね。
環境依存型遺伝子、みたいなものかもしれません。

で、です。
で、じぶんは本当はどんな人間なのかなって、思うわけです。
いまはわりと温厚で、適度に社交的で、贅沢も好きですが、
質素も好きで、仲間とお酒飲むのが最近は楽しくて。

でも、いまの収入から考えて、ぼくの内在的な「エゴ」は、
まだ半分以上は発露していない可能性もあるわけで。

お金という名の「拡大鏡」は、
いったいなにを大きく映し出すかなと、
自制心を持って、興味深く観察していきたいなぁと思います。

まぁ、このままのぼくでいたいよね。

イデトモタカ(2010年6月27日)