<ドロップアウトのえらいひと。>

あるとき仲間の一人が、
四国のじいちゃんのところに行きました。
そのじいちゃん、かつては凄腕の実業家で、
相当な財もなしたそうですが、
いまは故郷でのんびりと暮らしているそうです。

大きな一軒家に住み、
畑があって、いくつか広い土地ももっている。

そんなじいちゃんの生活は、
朝早くに起きて、じぶんの畑で野菜を収穫し、
それを食べて昼前には町に出て
おなじような生活のともだちと喋って、飲んで、
帰ってきたら大好きな野球をテレビで観て、寝る。

こんな感じだそうです。

所有している山につれていってもらった仲間(孫)は、
そこでそれは立派な桃を見せてもらいました。

傷もなくきれいで、大きくて、
そしてとてもとても甘い桃。
売れば1個500円以上の値がつく代物だとか。
それが、見渡す限り、数百個もなっていました。

仲間はいいました。
「じいちゃん、この桃、いつもどうしてんの?」

じいちゃんは答えました。
「いつも村の仲間にあげとる(配ってる)」

驚いた仲間は訊ねました。
「どうして売らないの!? 売ったら大儲けできるのに」

じいちゃんは不思議そうに答えました。
「なんでそんなことせないかん? 金にしかならんのに」

仲間はハッとして黙りました。

どうせ、お金にしかならない・・・・。
これ、すごい価値観です。
もう、完全に、ゲームから「あがって」ます、じいちゃん。

そうなんですよね。
じいちゃんは食べものがあって(それも新鮮でおいしい)、
毎日でも話して一緒にお酒が飲めるともだちがいて、
大好きな野球を観るためのテレビがあって、
たまに遊びに来るかわいい孫や家族がいる。

だから、
どうせ「金にしかならない」ことなんて、
面倒ですし、別にやる必要も理由もないわけで。

じいちゃんにとっては、
桃を大金に換えるより、
桃をもってともだちの家に遊びに行くほうが、
その何倍も価値がある。
だから、やらない。

「なんでそんなことせないかん? 金にしかならんのに」

ぼくのなかに、新しい価値観が生まれた名言でした。
すごいよ、じいちゃん。

イデトモタカ(2010年6月30日)