<飛んでいかない風船。>

昔、ある女の子が
「私は、飛んでいかない風船なんだって
思われたくないの」
・・・・といっていたことを、
今朝、なぜか思い出しました。

「手をはなしたら飛んでいく」風船ではなく、
「手をはなしても飛んでいかない」風船。

いまは、しっかりと、ぎゅっと、
にぎっているから「わからない」のだけれど、
もし、これは「手をはなしても飛んでいかない」風船だ。
そう思ったら、わかったら、
あなた、安心するでしょう? と彼女はいいました。

だから、私は、
手をはなしても大丈夫なんだ、
飛んでいかないんだ、
なんて、そんなふうに思われたくないの。
いつまでも「安心」してほしくないの、だと。

風船は、手をはなしたら飛んでいくから、
そして、もう二度とじぶんのもとへは
戻ってこないから、
「たのしい」のだし、「緊張感」がもてます。
まったくおなじ風船だったとしても、片方は、
飛んでいかないとじぶんが知っていたら、
なぜか、そちらは、ないがしろにされるかもしれません。

相手がだれにせよ、
「手をはなしても飛んでいかない」風船だなんて、
思っちゃいけないな、と、あらためて感じました。
あたりまえのように、もう何年も、
じぶんの周りをふわふわと浮いている風船も、
「手をはなしたら飛んでいく」風船なんだと思ったら、
やっぱり、接し方が変わります。
「たのしい」だの「緊張感」が再燃します。

ぼくは、どうだろう?
もし、手をはなされたら、
飛んでいくかもしれないし、
やっぱり飛んでいかないかもしれません。

あなたも、そうでしょう?

イデトモタカ(2010年7月21日)