<みてないとき。>

ぼくがみてないとき、
街路樹の葉は紅くなり、
ともだちの子どもは背が5センチも伸び、
月が欠け、潮がひいて、
かばんにしまったイヤホンのコードは、
ぐちゃぐちゃになる。
これらはぜんぶ、
ぼくがみてないとき、
静かに、確かに、おこっている。

ぼくがみてないとき、
彼女はピアノが弾けるようになり、
彼はスキーが大好きになり、
あの人は資格のために勉強し、
あの子とあの子は結婚を誓う。
これらはぜんぶ、
ぼくがみてないとき、
ひっそりと、ゆっくりと、おこっている。

ぼくがみてないとき、
あらゆる変化がこの星におきている。
この世界はかえるような変化は、
ぼくがみてないときの動きなのだと思う。
そしてまた、それは、
ぼくがみられてないときに、
なにをするか、ということなのだと思う。

あなたがみてないとき、
ぼくはみらいのために本を読み、
ぼくはけんこうのために休息し、
ぼくはたのしむためにギターを弾き、
ぼくはだれかをよろこばすために字を紡ぐ。
こられはぜんぶ、
あなたがみてないとき、
どこかで、まちがいなく、おこっている。

みてないとき、
それが人生だと思う。
みてないとき、
ぼくはなにをして
みんなを驚かそうかなぁ。

イデトモタカ(2010年11月13日)