<あいましょう。>

ぼくが別れぎわに、
「また会えるといいね」というときは、
ほんとうに、また会えるといいなぁと思っています。
もう会えない可能性というものを、
ぼくは高く見積もっているのかもしれません。
けれど、一般には、
それは低く見積もられているような気もします。

いつ、だれともう会えなくなるのかは、
だれにもわかりません。
「いまみたいに」会えなくなるというのも含めて、
そういうことはかんたんに(急に)おこります。
双方にそんなつもりがなくても、
結果としてそうなっていることも稀ではなくて。

小学生のころ、ともだちが転校していったとき、
一緒に帰ったり、その途中でコロッケを食べたり、
そういう「ふつうのこと」が、
もうふつうにはできないようになることが、
すごく切なかったのを憶えています。
とりわけ人懐っこいぼくには、
うんと寂しいことでした。
そしてぼくはまた、新しいだれかに会いにいきます。

今年も暮れといわれ出したころから、
ぼくのなかで「人に会いに行く」ことが、
いままでよりずっと積極的な行為になりました。
理由はいろいろあるのだけれど、
つまりは「会わないと始まらない」ということが、
ようやく実感としてわかりつつあるのだと思います。
メールでどれだけ仲良くなっても、
手紙を出しても、電話をもらっても、
会わないことには局面は変わりません。
そういうことを、学んだ一年だった気がします。
そして、「また会う」ことの難しさというか、
「会えない」ことを考慮する付き合い方も、
ほーんの少しだけわかってきたと思います。

まだ今年を見限ったわけじゃぁありませんけども、
来年はこれまでのじぶんでは考えられないくらいに、
人と会う年にしたいと意気込んでいます。
新しい人にも、また会いたいと思った人にもね。
当然、これから「会わなくなる」人も
わんさか出てくるわけでしょうが、
その人も、どんどんぼくじゃないだれかに
「会って」ほしいなぁと思います。
そうやって、いろんなことを大切に考えながら、
たのしくやっていきたいと思っちょります。

イデトモタカ(2010年12月13日)