<よくなりますように。>

しっかり、あるいはきっちり、
している人っていうのはなにかにつけて、
じぶんのなかできちんとした「定義」が
できているんじゃないかと思います。

たとえば、部屋がきれいということは、
なにをもってそういい切れるのかという線、
商品が売れているかどうかを判断する場合、
どこのなにを指標にそういうのかという線。
もっとあやふやな問題だと、
考えがまとまっているというのは、
どこのラインをクリアしていればいいのか?
じぶんがいまうまくいっているというのは、
なにが達成されていればひとまずOKなのか?
かかげた夢に1mmでも近づいているかどうか
というのは、どこをみればいいのか・・・・?
これらを「判断」し、ときに「改善」なり、
「修正」なりをほどこすには、
あらかじめの「定義」がなければできません。
そして定義ができれば、
ポイント(焦点)のあった行動の変化が
できるんじゃないかなぁと思います。
そしてそれは、なにより重要なこと
なんじゃないかなとも、感じてます。

じぶんにかかわる大切なことを、
いちどゆっくり時間をかけて定義してみる。
この活動は、シンプルにして効果大、という
なんともあやしい投資になると思いますぜー。
よくこういう提案をするぼくじしん、
ぜんぶがぜんぶできてるわけじゃなかったりしますが、
これはね、いまからでもやってやります。
きっと「前から知ってた大切なこと」んですが、
ようやく実感として重要性にきづいたんだなぁ。
いつだっておそいんだよねー、ぼかぁ。ふぅ。

イデトモタカ(2010年12月22日)