<とても体感的な話。>

一時間の体験的な長さというものは、
もちろんどう過しているかで変ります。
この「体験的な」というところが、
きょうの話の核のぶぶんになります。

だれから教わったのか、どこで聞いたのか、
ぼくは「体感時間老化説」を信じております。
なんだかとてもぎょうぎょうしい名前ですが、
かんたんにいえば、
人は平等に一年で一年分歳をとるのではなく、
じぶんが感じた(体感した)時間のぶんだけ、
歳をとるんじゃないか、ということです。

あー、仕事早く終わらないかなぁ。
と思っている人が、仮に十分経つのを
三十分くらいに長く感じていれば、
その人はふつうの人の、
(つまり十分を十分と感じている人より)
三倍歳をとっています。
いっぽうで、あれ、もう一時間たったの?
と思っている人が、仮に一時間を
二十分くらいに感じていたら、
その人は三倍老化が遅れていると考えます。

少し小難しいことをいってますが、
ようは大好きなこと、なにかに熱中しいる人は、
若く見えるよねぇーということについての、
なるほどそれらしい説明じゃないかと思うんです。
じぶんが体験・体感した時間が、
じぶんが精神的にはもちろん、あるていど肉体的にも、
過した時間といえなくもないんじゃないか。

この話にちょっとでも「そうかも!」と思ったかた、
もう、おわかりですよね。
ずっと若々しくすてきにみえる最高の秘訣は、
大好きなことや熱中できることをして、
たのしくも充実したあっという間の日々を、
過すことだと思います。
歳をとるほど、この差はひろがっていきますからね。
人生があっという間だったというのは、
大好きなことや熱中できることをしていた人ほど、
そうなんだろうなぁと思います。
それは少し儚く、そしてとてもすばらしいです。

イデトモタカ(2011年2月1日)