<成すべきことがある人へ。>

成すべきことがある人へ。
人がなにかを成そうとするときに、
対峙しなければならない相手というが
「孤独」ではないかと思うのです。
だれだって、ひとりは寂しいです。
それをまぎらわすように本を読んでみたり、
音楽を聴いてみたり、踊ってみたり、笑ってみたり、
映画の世界にひたってみたり、また笑ってみたり、
そんなことをします。

成すべきことがある人へ。
人がなにかを成そうとするときに、
なにかを成すために費やされる時間というのは、
それは決まって「孤独な時間」のはずなのです。
静寂の中で、あたらしい未来は創造されると思うのです。
そのときに、ひとり「孤独」に向っていけるかどうか。
逃げずに、向きあっていられるかどうか。
ここで、じぶんの、ひいてはじぶんの夢に対しての、
真摯さが問われるのではないかと思います。
だれだって、ひとりは寂しいものですからね。

ともだちとたのしくご飯を食べにいくのはいいことです。
こころをやわらかくしてくれる仲間と過して、
またあしたからがんばろうとエネルギーを充電して。
でも、3軒も行く必要はないと思うのです。
ともだちとたのしく電話をするのはいいことです。
こころをやわらかくしてくれる仲間と話して、
またあしたからがんばろうとエネルギーを充電して。
でも、1時間もしゃべる必要はないと思うのです。
それらはみな、あなたの孤独を満たすチャンスなだけで。
そのチャンスを放棄することでしか、
なにかを成すための時間をつくることは
できないと思います。

成すべきことがある人へ。
そこいらにある、孤独な時間をうめるチャンスを見逃すことが、
成すべきことを成すために、払う対価ではないかしらん。

イデトモタカ(2011年4月28日)