no.45 『ドグラ・マグラ(上)』 著:夢野久作(1) cart

一 節

「近頃当大学の学生や、諸先生が、
よく花柳の巷に出入りしたり、賭博に耽ったりされる噂が、
新聞でタタカレているようであるが、
これは決して問題にするには当らないと思う。
そもそも学生、学者たるものの第一番の罪悪は、
酒色に耽る事でもなければ、花札を弄ぶことでもない。
学士になるか博士になるかすると、
それっきり忘れたように学術の研究をやめてしまう事である。
これは日本の学界の一大弊害だと思う」

感想文

現代風に言えば、近頃は学生や先生方が女遊びに興じたり、
スロットや麻雀に夢中になっているという噂が
新聞で叩かれているらしいけれど、こんなのはどうだっていい。
一番の問題は、罪は、学生でありながら、先生でありながら、
まるで勉強をしなくなってしまうことだ。
大学生になったり、院生になったり、先生になった途端に、
まるっきり学問から離れてしまうことが大問題なのだ。

・・・といったところかしらん。
まさしくそのとおりだ、という感心する以上に、
日本三大奇書の一つに数えられる『ドグラ・マグラ』に
こんな真っ当なことが書いてあるのかと驚きました。

それはさておき、どうしてそうなってしまうのか。
端的に言えば「手段と目的化」に違いありません。
小説家になることが夢で、新人賞を獲った途端に
モチベーションを失って二冊目を出さないままに
消えてしまう人がたくさんいるのもそのせいで。
「なにかになる」のは役割の獲得であって、
つまり手段であって、目的足り得ないにもかかわらず。

ではさらに掘り下げて、なぜ手段が目的化してしまうのかです。
それは「欲が浅い」からではないかと思います。
辛辣な言い方をすれば、その人が「小物」だからです。

友人から聞いた話ですが、ある社長が
「私は月に30万円もあれば十分なんです」
とある勉強会で言ったそうです。
本人としては「私は謙虚なんです。足るを知っているんです」
というつもりだったのでしょう。
けれど同席した先輩経営者にこてんぱんに叱られました。
「だからお前はだめなんだ。自分のことしか考えてない。
 おれは1億だって10億だってほしい。
 そうすればもっと社員と社会の役に立てるだろ」と。

目標だった大学の学生になって、院生になって、
あるいは博士になったり会社に入ったりして、
めっきりなにもしなくなる人というのは
「おれはなかなか頑張った」と満足している気がします。
さらにその先がない、言わば「欲が浅い」のです。

世間一般には欲が深い、強欲なことを悪しとします。
しかし、いい欲はどんどん燃やすべきものです。
欲が浅いことが美徳とは限りません。
それは謙虚とは違います。
あれだけのことをしても、ウォルト・ディズニーや
スティーブ・ジョブズの夢はまだまだ叶っていないでしょうし、
もっとこうしたいという欲は無限に大きかったでしょう。

もし今度、手段を目的化している人を見かけたら、
この人は謙虚だな、ではなく、欲が浅いなと思ってみてください。
なるほど、納得のいくことがたくさんあるはずです。
社会的成功者ほど欲が深いのは、もう知っていると思います。

お坊さんの「悟りを開きたい」だとか、
小説家の「世界一面白い小説を書きたい」ってのは、
大欲であり強欲ですが、いい欲です。

イデトモタカ(2017年6月9日)

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