no.3 『沈黙入門』 著:小池龍之介(1) cart

一 節

無駄話対策には、真面目に聞くのをやめ、
大胆不敵に話の腰を折ってしまうことを
お勧めいたします。

感想文

一昨年ほど前のことになりますが、
ツイッターに『耳食(じしょく)』というタイトルで
このような文章を書き、多くの反響をいただきました。

 【耳食】
 ことばはこころの食べ物のようなものだと思います。
 だからできるだけいいものを摂りたいし、
 わるそうなものは入れたくないのです。
 それゆえじぶんの口から出ることばに
 注意しなければいけません。
 ぼくらの耳は、残さず食べてしまいますから。

その後、小池龍之介さんによる冒頭の一節と出会い、
とても痛快に愉快な気もちになりました。
「大胆不敵に話の腰を折ってしまえ」とは、
お坊さんとは思えない、素晴らしい箴言だと思います。

ことばは精神の食事ですからね。
やっぱり悪いものを入れすぎると、
体調を崩して当然、病んで然りと考えるのが、
むしろ合理的なのではないかと思うのです。
けれど、人間関係においては人の話を聞くというのが、
常識以前に礼儀であって、交際の基本のきです。
とはいえ、とてもつまらない、それどころか辛い、
という時にはどうするか。

こころが弱い人(やさしい人ではなく)は、
ずっと聞いておくことを選ぶでしょう。
でもそれは不味い料理を、不健康な食事を、
わかっていながらつづけているようなもので、
決して賢いことでもいいことでもないのです。
だからそういうときは勇気を出して、
ごちそうさまの意を込めて、
「ふーん、なるほど、そうですか」
の一撃をお見舞いするのがよいでしょう、
と筆者は語っています。

そんな、とてもできない、と思われるかもしれませんが、
嫌われたくない相手がいる、
失ったら困る人間関係がある、ということが、
そもそもこの世界を、つまりはぼくらの人生を、
生きづらくしているわけなのだということに
気づくいいきっかけにもなると思うのです。

ちなみにですが、筆者は他にも
「今月、満月になるのはいつだっけ」
「ほー、それはめでたい」
という腰折り相槌も有効だと語っておりますが、
なるほど、たしかにこれをいわれたら
ひとたまりもないですな。
口に入れるものはじぶんで制御できますが、
耳から入るものはもっともっと気をつけないと、ですね。

イデトモタカ(2013年3月2日)

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