no.4 『悪人正機』 著:吉本隆明/糸井重里(2) cart

一 節

じぶんだけがストイックな方向に
突き進んでいくぶんにはかまわないんですけど、
突き詰めていけばいくほど、他人がそうじゃないことが
気にくわねえってのが拡大していきましてね。
そのうち、こりゃかなわねえってことになるわけですよ。

感想文

これはとても耳の痛い話ですが、
まったく「そのとおりだ」ということもわかります。
吉本隆明さんは「清貧の思想」というものを
けちょんけちょんに否定しているのですが、
戦争を経験している人だからこそ、
人間はそんな生きものではないし、
それがいいことだとはとても思えない、
という素直な意見に、ぼくはとても感銘を受けました。

高校三年間、ぼくはストリートダンスをしていました。
学校の部活動の一つにダンス部というものがあって、
ぼくは三年のときにはそこで部長をしていました。
野球やサッカーのような対校試合や全国大会などはなく、
一番の舞台は秋の文化祭でした。
ダンス部は伝統的に文化祭のオオトリを務めていて、
全校生徒が900人程度なのに対し、
毎年1000人を超える人たちが観に来る大舞台でした。
ダンス部のメンバーはみんな、
普段はじぶんの技術を磨きながら、
来たるべくその日に向けて、練習をしていました。

けれども、どうしても「熱量の差」は出てきます。
特に個人技の部分が多いので、
誰かに迷惑をかける、じぶんのせいで負ける、
ということがないだけ、余計に各々の姿勢は分かれてきます。
指導者(先生)もいませんでしたからね。

そんな中、ぼくは真面目、というか夢中だったので、
入部してすぐに、外のスクールにも通い出し、
誰よりも練習していた自信がありました。
その結果として、じぶんの上達が実感できると、
とてもとてもうれしかったです。
でもやっぱり、ぼくみたいな人ばかりではありません。
むしろ女の子の方が部員としては多かったので、
ことばはわるいかもしれませんが、
多くのオトナがファッション感覚で英会話学校に行くように、
本人は本気だといっても、本当に真剣にやっている側から見れば、
「ぬるいー!」と思ってしまうことが多々ありました。

いまなら、もっと違う受けとめ方、感じ方、
接し方ができるだろうと思うのですが、
当時まだばりばりのティーンエイジャーのぼくは、
ストイックじゃない他の人たちのことを
「なっちゃいない」と正直思っていた部分があります。
けれど、ダメなんですよねー、それは。
じぶん自身に対してそう追い込んでいくのはアリでも、
他の人は他の人の世界で生きていますからね。
外野がどうこう口出しすることではありません。
それはただ、じぶんの価値観、
じぶんの勝手な正義の押し付けで、
ぼくのやっていたことは
制圧者と変らないことになってしまいます。

じぶんがストイックに、真剣に何かをやっている横で、
テレビのお笑いを観て呑気に笑っている人のことを、
怒っているようでは未熟なのだ、と。
ぼくがストイックな側にいるときは、そのときは、
その相手に笑いかけられる人でありたいと思います。

イデトモタカ(2013年3月12日)

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