no.5 『偽善エコロジー』 著:武田邦彦(1) cart

一 節

現実に、人間の活動によって気温が上がって
きているとすると、これは大変な問題です。
でも、「大変な問題」ということと
「自分に解決できる」ということとは違います。

感想文

これは「ストップ温暖化」は「ストップ台風」
というのと同じこと、という小見出しから始まる項目の
序文のなかの一節です。

今の日本、あるいは地球は、
いろいろな種類の難問を抱えています。
そのなかには非常に重大なものも少なくありません。
けれど、その「重大さ」と、それらに対して
「じぶんに解決できること」というのは、
悲しいかな、いつも結びつくわけではありません。
どれだけ台風が、地震が、津波が、
恐ろしかろうが、予想される被害が深刻だろうが、
「対応」はできても「ストップ」はできないのだ、
ということは、了解しておかなければいけないことです。
その見極め、それを認められるか、ということが、
問題や議論が「次」につながるかどうか、
という点でとても大切になるのだと思うのです。

現実問題として、温暖化というものを
(その原因が本当に二酸化炭素の排出だとして)
止められるのか、といえば、限りなくむつかしい。
なにがどうむつかしいのかといえば、
個人プレーではどうにもならない、という面で、
難度が非常に高いといえます。
同書によれば日本の二酸化炭素排出量は、
世界全体の約5%なのだそうです。
もちろん石油石炭の使用をすべてやめるということは
非現実的な選択なので、目標値である6%の削減を
実現したとします(チーム・マイナス6%というやつ)。
それで地球に対してどれだけの意味があるかといえば、
5%の中の6%減なので、0.3%です。
これが日本にできるギリギリで、
あとの99.7%は他国に動向を見守るほかありません。

けれど、二酸化炭素の排出を減らす、ということは、
すなわち産業を抑制するということになります。
仮にあなたが一国の王様で、じぶんの国を、
そして国民のことを想っていて、愛していたとして、
これまでずっと食えるか食えないかという
貧しい生活をしていたけれど、ようやく発展してきて、
よしこれから豊かな生活を送れるようになるぞ、
働ける場所がふえて、安心して生きられるようになるぞ、
というときに、温暖化の原因になるからがんばるな、
といわれたら、どうですか。
嫌、ですよね。
おいおい、待ってくれよ、ということになると思うのです。
やっとなんだぞ、これからなんだぞ、
そんな問題は先進国のお前たちが勝手に引き起こしたのに、
どうしてじぶんたちまで巻き込まれなきゃいけないんだ、
という反応は、ぼくはふつうだと思います。

もし「地球がダメになったら、元も子もないだろう」と
脅されたとしても、ぼくが王様だったら、
やっぱりなかなか納得できないと思うんですよね。
そうなんだけど、いやいや、と。
特殊な言い方になりますが、そういったことは
25時間目にようやく向き合えることなのです。
24時間でもまだ足りてないような人に、国に、
そんなことをいったって、通らないのです。
だから、現実問題として、むつかしい、と感じます。

できることをしよう。
つまり、そういうことになるのだと思います。
エゴでするのではなく、情報に振り回されるのでもなく、
問題とじぶんの「折り合い」をどうつけるのか、
そしてそれをどう行動に反映させるのか、
それが「できることをしよう」ということに
なるのではないかとぼくは思いました。

イデトモタカ(2013年3月19日)

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