no.8 『憂鬱でなければ、仕事じゃない』 著:見城徹/藤田晋(1) cart

一 節

成功は、異常なことなのだ。
異常を異常と思わなければ、
ついには身を滅ぼしてしまう。

感想文

毎月『モッタイナイ(過去記事の保存場所)』
残る文章の数は、平均して六つくらいです。
つまり五回打席に立って、一つのヒット(打率二割)。
これがいまのところの、ぼくの実力なのだと思います。

プロ野球の世界では、三打席に一回のヒット、
三割三分三厘打てれば、まず間違いなく首位打者、
全体のトップになれるのだそうです。
でもそれができない、むつかしい。

その理由は、
成功を「異常なこと」だと思わないことにある
と筆者は考察していて、ぼくはずいぶんと感心しました。

野球の例でいえば、三回打席に立ったうち、
一回ヒットが打てれば大成功。
けれど稀に、三打数三安打、三回立った打席の
すべてでヒットを打てる日もあります。
そういうときが、危ないのだと。
当然その日は気分もよく、自信もつき、
自らを褒め称えることでしょう。
それはぼくは、いいと思うのです。
祝杯をあげることは、構わないことです。
成功体験を積み重ねていって、自信を得るのも大切です。
ただ問題は、その「異常な成功」を実力と過信して、
じぶんのフォームを崩すことにあるのだということでした。

次の日、昨日の大成功に味をしめた彼は、
今(じぶん)は調子がいいからと、
ふだんなら手を出さないボール球や、
苦手なコースにも挑戦してしまいます。
そして、これまでのフォームを崩してしまい、
たいていは結局打率を下げてしまう。
つまり、失敗してしまうのだ、といっています。

なんであれ「成功」というものを手中に収めたなら、
もうなんでも上手くいくと思ってしまうのが人です。
そこで調子に乗って、次に不慣れな手法で大バクチをして、
見事大失敗をしてしまう・・・・ということは、
しないようで(ほとんどの人が)することです。

勝って兜の緒を締める。
成功はその場で捨て去り、あらためて冷静になり、
じぶんのフォームを崩さないように一層身を引き締める。
前の成功のなかに、次の失敗の要素が潜んでいると自覚する。

なにかが上手くいったなら、それを更に磨くことが
一番いいことはわかっているのに、
別の、違うなにか、新しいことをしたくなってしまうものです。
その衝動に抗って、じぶんの軸を外さない人が
持続的に「成功」の側に身をおいて、
「成功」からも愛される人なのでした。

イデトモタカ(2013年4月1日)

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