no.11 『悪人正機』 著:吉本隆明/糸井重里(4) cart

一 節

言葉っていうのは根拠がないんですよ。
人間そのものが持っている根拠のなさと同じでね。
生まれたことっていうのには根拠がないんですね。
生まれたことに根拠がなくて、それで親の方からいえば、
産んだことにも根拠がないってなるんですよ(笑)。
動物はそんなこと考えなくていいわけで、
これは、人間のつらいところですよねえ。

感想文

最後の二行が、ぼくにはすごく響きました。
「動物はそんなこと考えなくていいわけで、
 これは、人間のつらいところですよねえ。」
ああ、ほんとに、そうだなぁと思います。

吉本隆明さんは、まったく正直な人だと尊敬します。
世の中の多くのすてきな感じの本には、
「あなたが生まれてきたのには意味がある」だとか、
「あなたは使命を持って生まれてきた」だとか、
生きていることの根拠や意味や価値というものを
手放しに肯定したり、あるいは励ましたり、
認めたりするものが一般的な中、
ただ素直に「根拠なんてないぞ」と言える人は、
そうそういるものじゃないと思います。
でも、相手が素直に本心から言ってるのがわかるからこそ、
こちらも「きっと、そうなんだろうなぁ」と
自然に感じられてしまいます。

とはいえ、なにかを成すには短く、
なにもしないには長いこの人生を生きてるなかで、
やっぱり「根拠」というのか、その価値みたいなものは、
欲しくなったり、求めたりするのが人であり、
それは吉本さんの言うとおり「つらい」ことかもしれません。
じぶんが納得されればそれでいいのですけれど、
なにせ「ない」わけですからね、むつかしいです。

そういえば「なぜネコは自由なのか?」ということについて
考えてみたことがあるのですけれど、
かいつまんで話すと「役割がないから」だと思いました。
これはネコに限らず動物全般にいえることですが、
ぼくら人間はどうもネコの自由さに憧れを感じるので、
ここではネコとしておきます。

人間社会は構造上「役割」を必要とします。
つまり、分業です。
人類は全員がおなじ動きをしない、というところから、
個々のスペシャリストが生まれ、文明が発展しました。
けれどそうすると、役割からもれるということは、
社会構造からはみ出すということで、
そのはみ出した分だけ自由にはなれるのですが、
またおなじだけ安心や安定を失うことになります。
けれどそれは嫌なので、人はじぶんの属する社会のなかで
「なにものか」になろうとします。
あるいは「なにものか」であろうとします。
どこかにじぶんにピッタリの役割があるはずだ、と。

「なんのために生まれてきたのか、わからない」
と悩む人がありますが、人は特に
「なにかのために」生まれてきたわけではない、
とぼくも思います。
生きて、死ぬ。
その期間をたのしめばいいじゃないですか、と。

ただ、かりそめであれじぶんの生まれてきた根拠や、
価値や、目的は「これだ!」と信じられるものがあり、
それに打ち込めたなら、その人はきっと、
なにもない人よりも充実したり満足したり、
よりじぶんのなかの幸福感に近い場所で生きられる
のではないかとも思うので、ぼくはいいと思います。

ま、「根拠がない」と、ここまできっぱり言われると、
それはそれで気持ちよかったりするんですけれどさ。

イデトモタカ(2013年5月17日)

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