no.22 『緋色の研究』 著:コナン・ドイル(1) cart

一 節

君の話では、われわれは太陽のまわりを
うごいているそうですが、
かりに月のまわりをうごいているとして、
ぼくの生活や仕事はいっこうに変化しないでしょう

感想文

このことばそのものは『緋色の研究』のなかでの
シャーロック・ホームズの台詞なのだそうですが、
ぼくはウェブユーザビリティ(ホームページの見やすさ)
についての本をとおして出会いました。
曰く、どんな業界でも知り得ること、学び得ることは
膨大にあるけれど、その道の専門家でもない限り、
すべてを知っておく必要はないし、できない。
ここまで知っていれば役に立つ、ということは、
実際にはそれほど多くはない、と。
そして、冒頭のシャーロック・ホームズの台詞が
引用されたのであります。

この逆、つまり、実際的にはじぶんに無関係なことでも、
一般常識という名において、知らないことは恥だ、
いけないことだとする人や風潮は、たくさんあります。
ぼくの姉は東京でパティシエをしているのですが、
新聞もとらず、テレビも観ない(持ってない)ので、
数年前に日本紙幣が変更されたとき
(夏目漱石さんが野口英世さんになったやつね)、
なんにも知らずにただただお釣りをもらったときに
驚いていました。
でも、数分後にはすべてを了解して、
他の人となんにも変わらずに生きてましたけどね。

ぼくの姉にとって重要で切実なことは、
いかにおいしくよろこばれるお菓子をつくるか、
ということであって、
じぶんの住んでいる国のお金の絵柄が変わろうと、
大したことではないのだと思います。
それこそ、地球が太陽のまわりをまわっていようと、
太陽が地球のまわりをまわっていようと、関係ない。

確かに、知っていることと知らないことは違います。
知っていなければ、超えられないということがあるからです。
でも、だからといって、じぶんに直接的に関係のないことを
知るためにたくさんの時間を費やすのは、馬鹿げています。
それは、あくまでぼくにしてみれば、ですが、
あまり「いい生きかた」とはいえないように思われるのです。

ぼくは新聞を読みませんし、テレビのニュースも観ません。
なので「そんなことも知らないのか」だの、
「それくらい知っておかないと恥ずかしい」だの、
言われることは少なからずあります。
そうなのかもしれませんが、でも、それらの大半以上は、
ぼくにはやっぱり関係のないことなのです。

じぶんの人生に集中することで入ってくる必要な情報、
そこからでも充分に世界は理解できるように感じます。
すべての出来事をじぶんにつなげて考える想像力や、
関連力はすばらしいし、多少は必要かもしれないですけれど、
基本的には、あなたが知るべきことを、知ればいいです、
それ以外のことは、遅かれ早かれ耳に入るか、教えられるか、
そうでなければ、やっぱり関係ないことなのですから。

イデトモタカ(2013年10月17日)

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