no.27 『仕事のヒント』 著:神田昌典(1) cart

一 節

桃太郎ばかりでは、鬼退治はできない。

感想文

まさにこの教訓を、ぼくは23歳から24歳になるまでの
(いま振り返ればわずか10ヶ月!の)期間に、
地で行き見事に失敗をして、肌に刻まれることになりました。
鬼退治に向かうどころか、てんでまとまりがなく、
隣村まで行き、船を調達することさえ出来なかった感じです。

その桃太郎ばかりのチームを解散する最後のころには、
もうほんとうに辛かったのですけれど、
それでもやっぱり、わけのわからない道中だったとはいえ、
そこでの思い出はかけがえのない愉快なものでもありました。

若い時分や、似たような年代や能力の仲間が集まり、
みんなで「なにか(鬼退治)をしよう!」となると、
大抵うまくいかず、失敗する場合が多いです。
その理由には、そもそも「なにか」が成功することが
あまりないとも言えるわけですけれど、
でもそれ以上に大きな要因は、
やっぱり冒頭のことばに尽きるのではないかと思うのです。
つまり、みんなが桃太郎を演じたがり、
そしてじぶん以外の人間が桃太郎を演じていると、
気に喰わないというのは、おそらく男だけでなく、
人間の性(さが)ではないかという気がします。

ここでいう桃太郎という存在は、
なにも「リーダー」という意味ではありません。
必然、そういう要素もあるでしょうけれど、
むしろ反対に「じぶんは桃太郎ではない」という認識を、
桃太郎でない人たちがどれだけ素直に抱くことができるかが
そのチームや集団の勝因になると思っています。
だからこそ、同年代だったり同じような技術や知識の人間が
チームを組んでも、むつかしいよと感じるのです。
だれが桃太郎で、だれが桃太郎じゃないのかが、
わかりにくいですから。
そして、じぶんが桃太郎か、そうでないのかが、
むしょうに重要に思えてしまいますからさ。
いっそ、鬼退治よりも。

もちろんそうではない、仲間同士でチームを組んで、
うまくいっている例もあるかもしれませんが、
そういうときは、たいてい各々がしっかりと各々の
役割をまっとうしているはずではないかと思います。

この歳になったからこそ言えることですが、
やっぱりね、若いときから桃太郎になることは、
むつかしいです。
でもそれ以上に、その若い桃太郎のじぶんに
ついてきてくれる仲間を見つけることは、もっと困難です。

桃太郎になりたい人は、それを諦める必要はないですが、
もし「鬼退治」をしたいのであれば、
はじめは既に鬼退治を経験している桃太郎のもとで、
サルなりキジなりイヌとして、学ばせてもらうのがいいです。
そうしながら、じぶんが桃太郎でいられるチームを
ゆっくりとでも虎視眈々とつくっていくことが、
なによりの正攻法ではないかなぁという気がします。
それが、いまのところのぼくの実感です。

イデトモタカ(2013年11月18日)

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