no.34 『モノ選びのディテール』 著:落合正勝(1) cart

一 節

分かっていることは、スーツに限らず
古典は生き残るが、時代に媚を売り、
時代とともにあまりに共存しすぎたモノは
消滅していくという事実だけである。

感想文

つくりたいものよりも、求められるものをつくる方が
創造という意味では「高等」なのかもしれません。

金のためとはいえ、あんなものは書きたくない
と言っている売れない作家と、
金のためと割りきって、多くの人によろこばれる、
たくさん売れるものを書いている作家であれば、
前者のことばは負け犬の遠吠えで、
あるいは自己満足の創造で、
後者は実際に求められている分だけ
高度なことをしているような気もします。

けれど、もしそれがじぶんのつくりたいものでなく、
ただそこにニーズがあるからという理由だったなら、
それは「時代に媚を売っている」とも言えるでしょう。
そしてそういうものは、総じて、
流行りはすれども時代とともに消えていくのは確かです。
それは服飾史だけに限ることなく、
文学史、音楽史、芸術史においても
証明されている事実のように思われます。

では、いかなる分野であれ「つくり手」は、
どんなものを創造すればいいのだろうか、
その大きな問に対するぼくなりの答えは、
「次の古典となりうる(じぶんのつくりたい)もの」
ではないかと思うのです。

その意味はつまり、
ただじぶんがつくりたいものというだけではダメで、
かといって市場を意識し過ぎた媚びたものでも当然なくて、
きちんとこれまでの流れ(歴史)に立脚した、
あるいは無理矢理にでもそう解釈した、
新しいスタンダード、新しいカテゴリーに、
つまり未来において「分野」になるうる先駆けのもの、
ということです。

じぶんがそれをできているのかといえば、
偉そうなことを言っておきながら
まったくできていないのですけれど、
けれどそれを求める意識はあって、
そしてそれは、人生を賭す価値のある
愉快な遊びなのではないかと思っていたりはします。

また、この拙い文章が、
未来の大御所に届けばいいなと願います。

イデトモタカ(2014年1月22日)

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