no.43 『ZERO to ONE』 著:ピーター・ティール(2) cart

一 節

お金が目標達成の手段となり、目的でなくなるのは、
具体的な未来においてだけだ。

感想文

社会の先行きが不安になるほど、
「お金がほしい」と思う人がふえる。
お金は「あやふやな未来」を生き抜くための
万能な保険のようなものとして求められる。

人生でも、明確な未来を思い描かない人は
単純に「お金がほしい」という結論になりやすい。
こういう未来を望むからこそ、
お金が必要なのだという結論になる場合は、
説明するまでもなくお金は手段として存在する。
けれど、単にお金がほしい、もっとほしいは
お金が目的になっている。
けれど、お金とは、本来は無なのだ。

じぶんが社会に生み出した価値と、
その間に他の人が社会に生み出した価値とを
交換するためのタイムラグ。
それがお金だ。
じぶんが生んだ「有」と、
他の人が生んだ「有」の
間をとりもつ「無」がお金だったはずだ。
けれど今はその「無」が一番人気がある。

こういうことがしたいからお金がほしいという人の方が、
何に使うわけではないが、とりあえずお金がほしい
という人よりも、お金は集まりやすい。
これには2つの実感が伴っている。

1つはエネルギーについて。
目の前の目標よりも、その少し先に仮想の目標を定めた方が、
手前の(手前になった)、目の前の目標を
達成するエネルギーはうんと強くなる。
具体的なところでいうと、板割りなどがそうだ。

パンチでもキックでもいいのだけれど、
目の前の板を割ろうとしても、なかなか割れない。
けれど、板の先に、もう一枚板があると仮定して、
それを割ろうとすると、これが簡単に割れる。

この教訓はなにかといえば、達成したい目標があるのなら、
その少し先に新たな目標を設定して、
それを達成しようと(本気で)する方が、
当初の目標は簡単に達成されるということだ。

もう1つの実感はもっとシンプルで、早起きについてだ。
日々の生活のなかで、飛行機の関係で朝4時や5時代に
起きる必要があるときは、緊張感もあって、起きられる。
だからといって、予定のない日にそんな時間に
起きられるかといえば、むしろお昼過ぎまで寝ていたりする。

早起きは手段だ。
これを目標にしてはいけない。
なにかがあるから起きなければならないというときの、
なにかが明確で、納得のいく理由であればあるほど、
手段である早起きは達成される。
けれど、ただ早起きをしようというのが目標であるならば、
がんばらなくても達成できる程度の水準のものしか
達成は困難だろうと思う。

お金はいまじぶんにとって手段なのか、目的なのか。
ときどき考えてみると、いいかもしれない。

イデトモタカ(2014年11月4日)

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