ESSAY

2019-11-19

思い出さない人。

いろいろなことをすぐに忘れるのだけれど、特に忘れるのがいわゆる「思い出」だ。どこに行っただの、なにをやっただの、だれに会っただの。忘れられた人は残念そうな顔をする。けれど、申し訳なささえも、ぼくは忘れてしまうのだ。

だからといって、記憶力が壊れているわけではない。九九はいまだにぜんぶ言えるし、クレジットカードの番号も覚えている。Macにログインするためのパスワードなんて29桁もあるのに、もちろん忘れない。でも、よくいろいろ忘れる。この違いはなんなのか。

睡眠に関する本を読んでいるときに、重要なヒントが書いてあった。人は睡眠によって記憶が定着するのはよく知られたことだけれど、同時に人は睡眠によっていろいろと忘れるらしい。なぜ忘れるのか。それは脳が「探しものをしやすくするため」だそうだ。

鞄のなかや部屋と同じで、モノは少ないほど探しものはしやすい。だいたい、すぐにモノを失くしたり、探しものに時間がかかる人は、持っているモノの総数が多いのだ。脳は記憶のなかから目当ての情報を見つめるために、日々いらないと判断した記憶を積極的に捨てているそうな。

それはつまり、ぼくにとって「思い出」はいらない記憶と判断されていることになる。なんとも寂しい判断だけれど、たしかにぼくは「思い出」をふだん思い出さない。思い出さない、つまり探さない記憶をいつまでもいつまでも保持しておくのは効率が悪い。他の探しものに影響がでる。たしかに合理的な判断だ。

ぼくは思い出を探さない。探さないものはいらないもの。だから捨ててしまう。忘れてしまう。どうやらそういうことらしい。思い出を忘れない人たちからは、きっといろいろと反論があるだろうけれど、ぼくなりに納得したので、まあ黙っててください。

ぼくだって人は大切にしているし、思い出をないがしろにしているわけじゃない。でも、あんまり後ろを見ない。ただただ、そういう生きものなのです。

では、また書きます。
あなたはどういう生きものだろうか。

イデトモタカ