ESSAY

2019-09-18

希望の火。

あのときのわたしのほうが、すごかった。
そういうことは、たくさんあって。
まっすぐな、せめて階段状に人は成長する。
ついそんな思い込みをしてしまう。
でもそれは、文字どおり、思い込みで。

人はまっすぐになんて成長しない。
階段状にも成長しない。
というか、勝手に成長なんてしない。
生きているだけで成長する。
それが本当なら世の中はもっと立派だ。

真実は昨日のつづきだ。
勝手に起こるのは昨日のつづきの自分。
それがただ繰り返されていく。
あのときのわたしを超えたい。
そう願うのなら漠然と生きていられない。

あのときのわたしのほうが、すごかった。
そう思ったなら環境を考える。
環境がきっと違っているはずだ。
現実的な環境も、あたまのなかの環境も。
なにを思って生きているのか。
それが一番重要な環境だ。

あのときのわたしの真似をする。
それは一つも恥ずかしいことじゃない。
それは後退なんてものでもない。

人生の希望とはなにか。
それはわたしはまだ変われるということだ。
その火は、あなたが望む限り、永遠に消えない。
それが希望でなくて、なんなのか。

では、また書きます。
生まれ変わるなら、生きてるうちに。

イデトモタカ