ESSAY

2021-03-05

量と質について。

人生に無駄なことなんてない。どんなものでも学びはある。ということばを、きっとあなたも一度ならず耳にしたことがあるでしょう。ぼくは、そうだなとも思いつつ、あんまり好きなことばではありませんでした。その理由がようやくわかりました。「量」と「質」という考えが、すっぽりと抜け落ちているからです。

漫画を読む、ゴルフをする、絵画を観る、ゲームをする、スパイスからカレーを作る。そういったことからも、人生や仕事について、学びやヒントを得ることができるでしょう。それは事実です。

でも、仮にあなたが弁護士を目指していて、法律の勉強をしているなら、素直に法律に関する本を読んだり、先輩や先生から教えを請うべきでしょう。きっとここにも学びがあるはずだと、裁縫をしてみたり、スキーをやってみたりするのではなく。なぜなら、得られるであろう学びの「量」と「質」の見込みが桁違いだからです。

イノベーションや閃き、画期的なアイデアは、遠く離れた二つのものの組み合わせで起こる、というのもまた事実です。そういう意味では、多様な経験や場所との関わりは重要です。けれどそれらは、敏感なアンテナを常に張った上で、偶然に愛されて出会うものではないかと思われるのです。十二分な専門領域での学びの外で、はじめて姿を現すものではないかしらんと。

人生の出来事の、あらゆることを、ぼくらは受け取り方次第で価値にできます。その力、解釈力や関連性を見出す力こそ、重大な能力です。だからといって、わざわざ離れたものに頼ることもありません。どんなものごとからも学ぶことはある、ということばを免罪符に(あるいは言い訳に)するのは、どうにも、ずれている気がするのです。なんだか、あなたを利用したい側の人間にとって、都合のいい面が強調されているような。

では、また書きます。
専門性を深掘りしていくには、専門的なものに頼るのが近道ではないのか。

イデトモタカ