サヨナラと、エッセイだけが、人生だ。

  1. 800文字

冒険の記憶

おなじゲームをしてきた。おなじマンガを読んできた。学生の頃はそうやって接点を見つけて、ただの同級生が、ともだちや仲間になっていきます。大人になってもそれで仲良くなる場合もあります。でも大人はあんまり「ともだち」がふえる環境にはいません(自分次第だけど)。

だからといって大人が新しい人に出会わないわけではありません。同年代といっせいに、半強制的に知り合う機会がないだけで、多くは仕事をつうじてまだ知らない「誰か」には出会いつづけます。そういった相手のなかからときどき、新しい「仲間」ができたりします(それはとても幸運なことで)。

ぼくが男の子だからというのもあるでしょうが、社会人になる前には、オンラインにせよオフラインにせよ、おなじゲームをしてきた(そしておなじ感動を味わってきた)ことがわかった相手とは、距離がぐんと縮まりました。違う過去だけれど、似たような「冒険」をしていたことが即座に互いに理解できるので、同士に思えるのかもしれません。

この「冒険」というのがミソで、互いの「冒険の記憶」が交叉したとき、ぼくらは理解し合い、讃え合い、それがリスペクトとなり気を許します。では仕事をしている大人は、仕事で出会った大人同士は、どういう接点でつながれるのか。エンターテイメント分野でない限り、なかなかゲームやマンガの話にはなりません。ゲームに代わる「冒険の記憶」。ぼくの経験では、それは本なのです。

どんな本を読んできたのか。どんな本に影響を受けてきたのか。それでどんな「冒険」をしてきたか。幸福にもそれが共有できたとき、そこでの「冒険譚」を讃え合うことができたとき、ぼくらの目は輝いて、こころのなかで仲間の盃を交わします。

その人がどんな人か知りたかったら、その人の本棚を見ればいい。どういう本をどう使ってきたのか。そんな話ができる相手に出会ったとき、ぼくは冒険の同士だと、とてもうれしい気もちになります。(800文字)

では、また書きます。

800文字の最近記事

  1. 熱の差

  2. クリティカルな助言

  3. 冒険の記憶

  4. 目の告白

  5. 大人的な調整

関連記事

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

CAPTCHA


PAGE TOP