COLUMN

2020-08-11

リゼロ、まどマギ、打上花火。

 人は間違えることでしか、正解にたどり着けないのか。人が「最初に(自然に)とる行動」は、間違えているのか。望む未来は、過去に戻ってやり直すことでしか、手にできないものなのか……。最近の人気アニメには、そう思わされるものがあります。

 先月(2020年7月)からアニメ第2期の放送が開始されたことで話題の、『リゼロ』こと『Re:ゼロから始める異世界生活』。2010年代アニメの最高傑作との呼び声高い『魔法少女まどか☆マギカ』。そして、DAOKO×米津玄師の主題歌で話題になったアニメ映画、『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』。

 これらの作品の共通点は「過去に戻って(選択を)やり直す」ということ。いわゆる「タイムリープ」ものの派生です。『リゼロ』のナツキ・スバルも、『まどマギ』の暁美ほむらも、『打上花火』の島田典道も、最初(一周目)の選択では間違えます。『打上花火』はタイムリープではなく、厳密には「if」がモチーフなので何周もしませんが、『リゼロ』と『まどマギ』では、最初(一周目)だけでなく、何度も何度も、正解を探すために過去に戻って繰り返し、やり直します。

 特に『リゼロ』では、どれが正解か(今回は正解か?)というサスペンスや、どこに解決の緒(いとぐち)があるのか(なにが原因か?)というミステリー要素が、視聴者を惹きつけ、作品の面白さを高めています。そして苦労して、ようやく正解の未来(望む未来)を手にして……となりますが、これは手放しで歓べないじぶんがいます。ぼくらはここから、なにを学べばいいのか。ぼくらの人生は、やり直せないのに。

 なぜ、ナツキ・スバルも、暁美ほむらも、島田典道も、一回目は間違えるのか。過去に戻らなければ、正解にたどり着けないのか。

 ぼくが考えた末に出した答えは、「間違えていない」です。

 彼らはたしかに一周目では「望まない未来」に進みます。けれどそれは「選択を間違えたから」ではありません。自然にとった行動によって望まない未来を引き寄せたとしても、それは「間違い」ではなく、本来的な解釈では「運命」です。強いて彼らの「間違い」の理由を探すなら、経験不足が挙げられます。でもそれは、言い換えれば「ふつうの人だから」だとも言えます(そしてぼくらはふつうの人です)。

 結論めいたことを言えば、自然に訪れる「運命」を変えるには、膨大なエネルギーが必要だということで、そのエネルギーの本質は「意志」だということ。先に挙げたアニメの彼らでは、「こうしない(させない)」という不快を避けるエネルギー(意志)が、運命を変える鍵になります(それでも、変えられないこともあるけれど)。

 過去に戻ることができないぼくらが、なにかを学ぶとすれば、漠然と生きていると人間は「運命」に従うしかない。望む、望まないにかかわらず。そして運命は、時に非情で残酷である。もし運命を変えたいのなら、大きな「意志」の力が必要だ。「こうさせない」「こうする」という強い意志があってこそ、はじめて運命と互角に渡り合える……ということではないかと思います。

 経験値は重要ですが、経験が「積まれる」かどうかは、意志によります。経験により人は成長するということばには、ぼくは誤解があると思っています。より正確には、人を成長させるのは経験を材料とした反省であり、反省は未来への意志があってこそではないかしらんと。

 あなたの人生に、意志を!

イデトモタカ