サヨナラと、エッセイだけが、人生だ。

  1. エッセイ
  2. 173 view

プライドはなぜ捨てるべきものなのか

くだらないプライドなんて捨ててしまえ。そんなプライド、犬のエサにもならない。……なんて言葉を(またはその派生版を)、あなたも一度くらいは耳にしたことがあるはずだ。そう、いつの時代も大人は若者に言う。プライドを捨てろと。そして今、成人してから十年以上経ったぼくもまた、君に伝えたい。こころから。くだらないプライドなんて、捨ててしまえと。

プライドの意外な正体

そもそもプライドとはなんなのか。誇り? 自尊心? 自負心? そうだけど、そうじゃない。もしプライドが「誇り」や「自尊心」だというのなら、捨てなければいけない理由がわからない。ではなんなのか。ぼくがたどり着いた答えは自分でも意外だった。プライドとは「本当に望んでいるものじゃないもの」なのだ。

君が本当に望んでいるものじゃないもの。それがプライドの正体だ。だから捨てろと言われるのだ(みんながわかって言っているとは思えないけど)。この意味を正しく理解するためには、確認しておかないといけないことがいくつかある。一つは、ぼくらは常になにかを達成しているという事実だ。

人が行動を起こすとき、そこには溝がある。溝を埋めるために、人はなにかをする。この埋めたい溝を専門用語で「ニーズ」と呼び、溝を埋めたい気持ちを「アンバランス感情」と言ったりする。水を飲むのも、お菓子を買うのも、誰かに電話をかけるのも、なにかしらの溝があるからで、満たしたい気持ちがあるからだ。重要なのは、ぼくらは溝をほとんど無意識的に埋めているということだ。

ピントの合ったものが獲れる

さっき「ぼくらは常になにかを達成している」と言ったけれど、達成しているのは一番焦点の合っているものだ。カメラでいうところの、ピントの合ったものが、ぼくらの達成しているもので、手に入れているものだということ。そうすると、ぼくや君がほしいと思っているのに、手に入っていないもの。実現したいと望んでいるのに、達成できていないことというのは、ピントが合っていないからということになる。そして、そのとおりなのだ(ほとんどの場合)。

痩せたいと思っているのに、つい食べてしまう人がいる。その人のカメラは、痩せて喜んでいる自分ではなく、目の前のケーキを嬉しそうにほおばる自分にピントが合っている。そしてそれは達成されるのだ。どうであれ、夢(願い)を叶えているのだ。人間というのはまことにすごい。

ぼくも面白い経験をしたことがある。二十代の前半の頃、ぼくは忙しく日本中を飛び回って仕事をする人を「かっこいい!」と思っていた。自分もそんな人になりたいと、新幹線や空港で颯爽とトランクケースを引っ張る自分を日々想像していた。すると素晴らしいことに、その夢はわずか数ヶ月で現実になった。でもそのときのぼくの月収は5万円で、貧乏暇なしとはまさに自分のことだった。このとき、ピントが合ったものがちゃんと撮れる(獲れる)のだと実感した。ただし、カメラは融通が利かないこともわかった。

望んだものを望めているか

人には思いを現実化する力がある。といっても、それは不思議な力を信じろだとか、スピリチュアルな話じゃない。ネコやサルにだってその力はある。生きものには瞬間々々に望んでいるものがあり、それをきちんと達成していく(第一候補ばかりではないにせよ)。だから唯一の問題は、本当に望んでいるものを、本当に望めているかということだ。

やあやあ、ようやく「プライド」の話に戻ってきたぞぼくらは。今までの文章を思い出してほしい。ぼくらは常になにかを達成している。そして達成されるのは、一番ピントが合ったものだ。どうだろう、これでなぜぼくが冒頭で、プライドとは「本当に望んでいるものじゃないもの」と言った理由がわかったのではないかしらん。

つまり、自分の「プライドを守る」ことが、目的の一番に来ることはないはずなのだ。だから、そこにピントを合わせるべきじゃない。それは君が「本当にほしいもの」ではないのだから。いつだって。どんなときだって。

瞬間的1位と本当の1位

大きな夢を叶えている人は、本当の1位にカメラのピントを合わせつづけてきた人だ。小さな夢さえ叶えられないでいる人は、本当の1位ではなく、そのときそのときの、瞬間的1位にピントがころころ移っている人だ。ぼくはそう理解している。

「プライドを守ること」が、本当の1位になることはふつうない。他のなによりもピントを合わせるべき対象になることはない。だからいらないのだ。捨てたほうがいいのだ。「本当に望んでいるものじゃないもの」だから。

本当の1位と瞬間的1位。言い換えれば叶えたい夢と短期的な欲求。これらは多くの場合矛盾する。未来を想像できるのが人間のすごいところだ。そして未来のために、今あえて楽じゃない選択ができるところも。ぼくにだってプライドはある。だけどこれまでに、プライドが一番大切だった瞬間なんて、ただの一度もなかった。きっとこれからも。だから捨ててやるのだ。何度も何度も。神様の発注ミスなのか、馬鹿みたいに在庫があるし。

エッセイの最近記事

  1. 本はいつ読めばいいのかの本音

  2. 欲求からみた人間の3パターン

  3. プライドはなぜ捨てるべきものなのか

  4. エッセイとコラムの違い、おもしろさとは

  5. カシミア広場。とはなんだったのか?

関連記事

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

CAPTCHA


PAGE TOP