ESSAY

2011-06-13

スピード感。

きょう電車に乗っていると、窓の外で鳥が飛んでて、それがちょうどね、ほんと窓と同じ高さで、3秒か、大目にみても5秒くらい、電車と同じスピードで、同じ方向に一緒に進んでました。それになんだか、小さな感動をおぼえました。いま、この名前も知らない一羽の鳥とぼくは、同じスピードの中にいるんだなぁと。ほんのささいなことなのですけれど、ちょっとした奇跡みたいでした。

昔、なにかの本で、吉本隆明さんが世界の速度と、じぶんの精神速度がちがうとき、人はストレスを感じるんだとおっしゃっていました。スピード感がちがうと、人はいらいらするのだ、と。

大きくはやはり世界なのですが、それだけじゃなく、会社や、人にも、固有のスピード感があるのだと思います。現代は「ストレス」が一種のキーワードとなっていて、それに呼応するように「リラックス」もまた、とても現代的なことばだと思います。リラックスの代表的なものというのは、お風呂(半身浴)や、ヨガや、森林浴、恋人との時間、就寝までのひとときなどがあると思うのですが、これらはみんな、じぶんのスピード感を取り戻す時間なのではないかと思います。

つまり、巻きすぎたゼンマイを、スローダウンさせているんじゃないかしらん。ゆっくりと、じぶんが心地いい速さにこころとからだを再設定しているような気がします。そう考えると、「ふだん」の生活というのは、人にはちょっと「速い」のかもしれないですね。だからわざと、リラックスタイムには、本来の速さよりも「遅め」にして帳尻を合わせいるように感じます。ふだんからじぶんのスピードを維持している人は、ストレスも、リラックスも、あまり関係なさそうです。

人生には、ときとして、ものすごいスピードを求められるときがあります。そのときに、一定期間とはいえ、そのスピードで全力疾走することは、とても大切だと思います。でも、その後もずっとそのスピードを出してたら、壊れちゃいますからね。そのあたりは、ほどほどに、です。

イデトモタカ