ESSAY

2011-06-29

忘れていく途中。

とくべつ仲がいいわけでもないんだけど、ただなんとなく、風習のように、誕生日を電話で祝い合うともだちがいました。ぐうぜん誕生日が近くて、じぶんの誕生日をおもったときに、おまけといったらそうなんだけど、一緒にその子のことも思い出して、なんだかんだ毎年、電話で数日またぎに「おめでとう」をいいあってました。そういえば今年は、電話、しなかったなぁ。

一昨年は、どうだったかな。うーん、ちょっと、憶えてないなぁ。誕生日のその電話だけでつながっていたので、それがなくなったとたんに、なんだかもう窓口がなくて、「こうやって、忘れていくのかなぁ」とね、もともとぜんぜん会ってないから寂しいわけじゃないんだけれど、少し儚いきもちになりました。人が人を忘れていく感じをね、つまり、忘れていくということを、じぶんで認識しているというのは、変なきぶんです。けれど、やがて、ぼくは忘れるのだと思います。いや、思い出さなくなる、のでしょうね。埋もれていっても、「ある」ことにはちがいはなくて、ただどんどん上に積まれていって、見えなくなってしまうんだなぁ。大切でなくなってしまうのではないけれど、重要でなくなってしまうのだと思います。

いつか忘れてしまったことさえ忘れてしまうまえに、「いつまでも、どこかで元気に長生きしてください」と、祈ろうと思います。

さて、もちろんきょうも、だれかの誕生日。おめでとうございます。生まれた赤ちゃん、こんにちはっ。

イデトモタカ