ESSAY

2011-07-12

モテたいとの戦い。

モテたい、チヤホヤされたい。この欲求(パワー)たるや、ものすごいものだと感じます。もはや本能からくるものだとしか思えません。だからこれも、食欲やその他の欲求と同様に、コントロールしないと、どうにも「ダメ」になってしまうと思うのです。

じぶんの行動や思考を鑑みて、「これがしたい」や、「こういうことができるようになりたい」というものの大半は、じぶんが本当にやりたいことや、実現したいこと、人生のステップとして成しとげたいことではなくて、ただ「モテたい」や「チヤホヤされたい」という、どうにもこうにもな感情がもとになっているような気がします。もちろんぜんぶがぜんぶじゃないですから、こころからやりたいことも混ざってますから、なおさらにヤヤコシイのです。

そんなことないよ! という方は、それでいいのですが、ぼくなんかは、ふと、「いや? 待てよ待てよおれよ。」と、なります。これがしたいと思っているのは、できたいと思ってるのは、ただ良く見られたいだけなんじゃないかしらん、と思い当たります。そしてそれに費やす時間と労力というのは、いつだって後になると、不毛なことが多いのです。なぜなら、この「モテたい」や「チヤホヤされたい」は、それが漠然としているほどに、満たされることのない欲求なのです。目標がないので、「満足」がないのです。これは、危険だぞぉと、じぶんに言い聞かせています。

いまじぶんが「いいなぁ」と思っていることが、「やりたい」と、「できるようになりたい」と思っていることは、ほんとにこころから、やりたいことなのかしらん。それとも、だれかに向けて、やりたいことなのかしらん。この矢印の向く先が、重要だと思うある夏の日です。

イデトモタカ