ESSAY

2011-09-24

生きかたの美意識(スタイル)。

じぶんを自然とフラットなこころに戻してくれる本というのが、ぼくにはあります。それは、人それぞれにあるものだと思います。あるいは本ではなく、音楽だとか、映画だとか、もしかしたら人という場合もあるでしょう。

そういうものは、じぶんのこころが乱れているときにこそ必要になるのですが、そういうときは、体も忙しいことが多いので、なかなかその時間をとることができません。けれど、このとき、少し無理にでも時間をつくってじぶんを中心に戻すことが、道草を食っているように感じるけれど、とても大切なことだと思っております。

すごくハイのときも、あるいはローのときも、じぶんがほんとに望んでいる真ん中の道からそれている可能性があります。いろんな話が飛び込んできて、ひっぱりだこを楽しんでても、じぶんは「なにをしあわせとしているのか」を忘れてしまっていたり、ないがしろにしていたら、それは結局、遠回りの時間になっちゃいますしね。そういう意味でも、ぼくは「生きかたの美意識(スタイル)」というものを大切にしているし、それを貫かないと、なんというか、ほんとうじゃないと思うのです。つまり、じぶんの生きかたの美意識にあってない「たのしい」や「うれしい」は、表面だけのメッキ(偽もの)のように、あとからね、感じちゃいます。そのときは、それでいいと思うんだけどね。

損か得か、というのは、あとから変ったりするものですから、正直あまり判断材料にしない方がいい気がしてます。とはいえぼくも、ついつい、損得で考えそうになりますが、損だと思ってたことが、あとでびっくりする得になったり、しめしめ得だと思って喜んでたことが、時間が経って振り返ったら、大きな損としてじぶんに付いてまわってたり、なんてことは、(ふつうに)よくあることですよね。

でも美意識(スタイル)で判断したことだとしたら、結果がどう転ぼうが、それがまた転ぼうが、そこに一喜一憂はないものだと思います。こころが不安定になることはないんじゃないかと思います。

じぶんは「なにをしあわせとしているのか」。それを考える時間ってのをね、この週末、少しとられてみても、おもしろいんじゃないかなぁとおすすめさせていただきますぅ。

イデトモタカ