ESSAY

2011-11-16

青春の「好き」選び。

青春っていうのは、なにを、だれを、好きになるかわからないから、複雑だし、たのしいんだ。ふと、そう思いました。

歳を重ねていくごとに、こころも、環境も、それなりに安定してきますが、それは「なに」が安定してきたのかというと、ぼくは「好き」じゃないかと思うのです。

人生のベースは、「好き」なのではないかしらん。ぽこっと生まれてきて、育っていくなかで、人はそれぞれに、じぶんの好きに出会ったり、探したりします。それはずっとつづいていくものですが、一時的なピークというか、大波のように「好き」の選択に迫られるのが、10代や20代という時期なのだと思います。つまり、いま思い返すと、青春っていうものの正体は、じぶんの「好き」と向き合って、取っ組み合いする期間のだったような気がします。

なにを、好きとして、生きていくのか。音楽なのか、映画なのか、本なのか、子どもなのか、花なのか、パソコンなのか、デザインなのか、服なのか。だれを、好きとして、生きていくのか。いま決めるのか、まだ決めないのか、とりあえずあなたなのか、いつまでもわたしなのか。

この好きの可能性が無限だから、青春っていうのは、それぞれに、いろんな想いを抱きながら、独特な経験をして、そして、分かれて、別れて、いくのだと思います。

あのときずっと、どきどきしてたのは、四六時中「好き」と向き合ってたから、なんだなぁ。

うまいこと選べたかわからないけど、けっこうたのしくやってるぜ、ぼくよ。

イデトモタカ