ESSAY

2011-11-20

あのときの感情を。

人は忘れる生きものだ。そういうことを、よくいいますが、ほんとに、そうだと思います。では、なにを忘れる生きものなのかというと、それは事柄や名称ではなくて(それも忘れるけど)それよりも「感情」のことだと思うのです。最近になって、ようやくそういう結論めいたものに、たどり着きました。

人は忘れる生きものだ。この、言葉足らずな一行をぼくなりに埋めるなら、人は(あのときの感情を)忘れる生きものだ。というふうに、なるような気がします。

ぼくにかぎっての話かもしれませんが、ぼくは事柄や、モノや人の名前を忘れたときよりも、出来事や体験したことは覚えているけれど、そのときの感情を忘れていることに気づいたときに、すっと、悲しくなります。それは想い出そうと思って、おなじように、想い出せるようなものではないからです。

その瞬間には、とてつもない力で、ぼくを支配した感情だったとしても、それを、ぼくは忘れるのでした。

もう、こんな思いは絶対にしない、だったり、必ず達成してみせる、や、こころの底からの任せて、だったりも、そう強く想ったことは思い出せても、その想いは、もう、ないのでした。どこかへ、失くしてしまったのでした。

わかるんだけどね、ずっと怒っていても仕方がないのは、ずっと悲しんでいても仕方がないのは、あるいは、ずっと、奮い立っていても、体やこころが壊れてしまうのは。けれど、それを静かに忘れてしまうのは、切ないなぁと思ってしまいます。

あの感情を経て、いまのぼくがあるのに、その感情にもう、会えないというのは、うまくいえませんが、悔しいに近い想いがあります。

ごめんね、ぼくは、忘れる生きものなんだ。過去の出来事を思い出しながら、その記憶に感情だけが不在なことを知って、だれに宛てるでもなく、そんなことを想いました。

イデトモタカ