ESSAY

2011-12-25

チャップリンのように。

じぶんのこととして考え、他人のようにじぶんを見る。そういうことが、生きるうえでも、なにをするうえでも、ぼくは大切なのだと思います。

人生は寄りでみると悲劇だが、引きでみると喜劇である。ということばを、チャップリンは遺しました。ぼくはこの一文が大好きで、特につらいことや、悲しいことがあったとき、よく思い出しています。

どうしてだか、人は考えれば考えるほど、深く思いをめぐらせばめぐらすほど、悲劇に近づいていくような気がします。どれだけ突き抜けるほど爽快な青空の下でも、影のできない場所なんてものは、ないわけです。近くで見れば見るほどに、そこにはいろんな影があるんですよね。

だから、人生を、主観だけで生きている人というのは、それは悲劇の要素を多く含んでしまうんじゃないか、とね、そう思います。つらいことや、苦しいことに、おしつぶされてしまうんじゃないかなと心配になってしまいます。

けれど、それを、その状況を、そのじぶんを、少し遠くから眺めることができたなら、瞬く間に、喜劇の物語として、笑ってたのしめるようにも思うんです。過去に体験した(当時としては)最悪の出来事も、今となってはただの笑い話、なんていうのはそれこそよくある以上の話なわけでさ。

主人公としてこの(じぶんの)物語を全力で演じてドラマを生み出すことも大切ですが、時には観客として、その状況をつらい、悲しい、苦しいと思い悩む主人公を、滑稽だなぁと笑ってたのしむこともできたなら、二倍おもしろいと思うんです。そして外から冷静に眺めることができたなら、そっとその悲劇の主人公にアドバイスを送ることも、ぼくはできるんじゃないかと思います。そういえばぼく、観客席にいるぼくから、幾度となく声援や助言をもらっているなぁと感じます。

イデトモタカ