ESSAY

2012-01-07

支え。

きょう、とても悲しいことがありました。ふつうにおともだちとお茶をしたあと、電話がなりました。めずらしい番号だったので、どうしたんだろうと不思議に思いながらその電話に出ると、高校時代にお世話になった先輩の訃報でした。

もう7年以上お会いしていないし、いろいろと接点がなくなってしまったので、実際この先お会いすることもないだろうと思っていた方だったのですが、いざ、もう二度と会えないとなると、とたんに悲しみに打ちひしがれました。

熱が急速に冷めていくように、全身の力が刻々とどこかへ去っていきました。ソファーに沈むように座り、なんだか二度と立ち上がれる気がしませんでした。

そのとき、ふと、思いました。他の人から見ると、いま、じぶんは、文字どおり「悲しみに打ちひしがれている人」なんだろうなぁ、と。そういう姿勢で、そういう表情を、みるまでもなくしていることを、じぶんでも知っていました。

だからぼくは、5秒だけでいいから、力を出そうと決めて、しゃんとした姿勢で立ち、あごをひいて胸を張り、へその下に力を込めて、深く息を吐いた後に吸って、そして笑ってみせました。これはつらいことでした。しだいに目に涙が溢れてきましたが、先ほどよりかはずいぶんと強い気もちで、生きていく気になれました。

表情や、姿勢や、そういった外向きの表情は、気もちやこころといった内向きの表情にとてもよくつながっていることは、云うまでもなくご存知だと思います。そしてそれは、ぼくは真実だと実感しています。

これから先、あなたの身近な人が、ふいにあなたの前から去ることがあるでしょう。それは避けられないことです。そのとき、悲しみに打ちひしがれるあなたを救うことばはないのだと思います。もしぼくがお伝えできることがあるとするなら、姿勢を正し、表情を穏やかにしてみてください、ということだけになりそうです。けれど、ぜひね、悲しいけれどそのときが来たなら、迷わずそうしてみてください。

ほんのわずかかもしれないですが、あなた自身の身体や顔が、あなたのこころを支えてくれると思います。

からだの姿勢とこころの姿勢は、きっとつながってます。

イデトモタカ