ESSAY

2012-04-13

嘘にするのも。

やさしい嘘をつく男の人と、それを嘘だと知りながら、「うれしい」という笑う女の人がいたとします。

彼はいいます。「いつかどこか、のどかな旅に出よう」それを聞いた彼女はいいます。「いいね、行こうね」けれど、彼はそれが叶わないことを知っています。そして彼女も、それが叶わないことを承知しています。

とはいえ、彼は、こころにもないことをいっているわけではありません。それが叶うことを、本心では望んでいます。

彼女も、彼が、思ってもないことをいっているわけではないと信じています。もちろんそれが、叶えばいいと、願っています。

けれど、互いのこころのどこかの、「でも、きっとそれは無理だろう」という諦めが、いつだって、ふたりのなかの、「叶えたい」という儚い想いに勝り、結局は、無理だろうという気もちの方が実を結び、また、彼は嘘つきになってしまうのでした。

彼は特別に、それがどうしても叶うわけがない理由があるわけではありません。ただ、なんとなく、無理だろうと思うのです。

同様に、彼女も特別に、それがどうしても実現することはないのだと、希望を持たないようにする理由や過去が、あるわけではありません。ただ、なんとなく、無理だろうと思うのです。

そうやってふたりは、「きっと、無理だろう」という想い(願い)を何度も何度も、実現しているのでした。

やさしい嘘はいらないから、本気の嘘を、真実にしたいと思います。

追記:

それを嘘にするのもじぶん、嘘だと思うのもじぶん、なのでした。

他人がどうこうではなく、じぶんを嘘つきにしてなるものか、という気概が強くこころにあれば、よりことばに重みと行動に信念が宿るのでしょうね。そう思います。

イデトモタカ